ウォーターズは第1次湾岸戦争や天安門事件に触発され、当時の世界情勢を背景に1992年に制作し発表した『死滅遊戯』を、2015年に再発表した。その際の「私が当時言いたかったことの大半は、残念ながら今もなお残っている。もしかしたら92年当時よりもむしろ15年の人々の苦悩に寄り添っているのかもしれない」というコメントが物語るように、世界のどこかで起きている戦争、民族闘争、さらに過激派組織によるテロや、ヨーロッパ各国での右傾勢力の拡大などが本作への取り組みを駆り立てたに違いない。

 ドナルド・トランプ米大統領の誕生にも大いに刺激されたようだ。大統領の就任式の日、トランプを戯画化したフィルムをバックに歌う「ピッグ(3種類のタイプ)」を、それもメキシコ・シティーで収録したライヴをフェイスブックに載せた。新作の表題曲「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」では“大馬鹿者が大統領に就任する”との歌詞を織り込み、トランプ大統領を痛烈に批判。どこかの国の首相にもあてはまる作品である。不安が現代を生きる者の原動力だとし、不安や怖れがもたらす人種、外国人への差別、政治への不信、環境問題などにも言及し、一方で、それらに対して沈黙し、無関心な人々への憤りもあらわにする。

 それらとは対照的に、組曲仕立てになった最後の3曲、ことに「WAIT FOR HER」も印象深い。パレスチナの詩人、マフムード・ダルウィーシュの英訳版にインスピレーションを得た歌詞による美しいラブ・ソング。ウォーターズの反イスラエルの意思を明確に示しているという。

 アルバムの最後は、世界の現況に触れ、それを繰り返し伝えるTVのニュースに無関心な人々の存在を歌った「PART OF ME DIED」。穏やかで冷静な曲調のまま、大きな盛り上がりを迎えず、カタルシスを得られないエンディングに意表をつかれる。訪れる沈黙。その余韻の中で“そして、あなたはどうする?”と聴く者を突き放し、問い詰めるロジャー・ウォーターズを思い浮かべずにはいられない。(音楽評論家・小倉エージ)

※週刊朝日オンライン限定記事

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