丁寧に美しく正確に――。端正な表現は、真面目な日本人の得意とするところであると一般的には考えられている。でも、フィギュアスケートの競技生活を送っていた高橋大輔さんにとっては、観た人の印象に強く残る存在であることが、強さや美しさを超えた第一義だった。
「“アーティスト気質”と言えば聞こえはいいんですが、普段から感情の起伏が激しくて……。練習も、気分が乗らないとすぐ切り上げるし、試合の時も、ダメだダメだって本番直前に自分を責めることもしょっちゅうでした。でも開き直って演技すると、お客様と自分の気持ちがシンクロするような、奇跡みたいな瞬間を体験できることもある。僕が今も心の中で大切にしている“幸福の瞬間”は、高得点やメダル獲得の時よりもむしろ、観てくださっている方たちの高揚感のようなものが、自分の中の感情と重なった瞬間なんです」
2014年に28歳で競技生活から引退し、現在はプロスケーターやスポーツキャスターとして活躍している彼が、昨年、いわゆる社交ダンスの世界でダンサーデビューを果たした。東急シアターオーブで上演された「LOVE ON THE FLOOR」出演は、エミー賞振付部門にノミネートされたこともあるダンサー兼振付家のシェリル・バークさんからの再三のオファーを受け、実現したものだ。
「実は現役時代から、世界の名だたるダンサーたちとダンサーとして共演してみないかとお話をいただいていたのですが、その時点ではスケート靴を履いていない自分のパフォーマンスが想像できなくてお断りをしたんです。でも競技生活を引退して、アメリカでの語学留学を経て、日本で仕事を始めようという気持ちになった時、せっかくなら、新しいことに挑戦しないとな、と思ったんです」
昨年の公演では、愛をテーマにした物語性のあるダンスパフォーマンスが繰り広げられる中、高橋さんは語り部的な役回りで、男女でのいわゆるデュエットダンスはほとんどなかった。それが、17年はシェリルさんとダブル主演を務めることになり、ペアでのダンスがぐっと増える予定だという。
「ダンスのレッスンは、主にロサンゼルスで行っています。男女ペアのダンスは未知の領域ですが、向こうの振付師は褒め上手なので、レッスン自体はいつも楽しい(笑)。思い通りに身体を動かせる時期には限界があると思うので、ダンスもスケートもあと何年やれるかわからない。けれど、ステージの上で繰り広げられる物語の中で、お客様と一緒に過ごせる時間が、今は何より好きです」
「本当は、働かずにラクして生活したい(笑)」とジョークまじりに言いながら、仕事に対する姿勢は意欲的で勤勉で、かつ大胆。ダンスのテクニック以上にその演技力をもって、観る人の感情に揺さぶりをかける。
※週刊朝日 2017年6月2日号