子供の頃、俳優・平岳大は自宅のリビングのピアノの上に飾られた人形と目を合わせることが、怖くて仕方がなかった。辻村寿三郎さん作の人形は、父・平幹二朗さんの当たり役である「王女メディア」をモチーフにしたもの。恐ろしい形相をしたメディアの手には、子供二人の首があった。
「日本にいた頃は、父の舞台を観たことはなかったんですが、アメリカでサラリーマンをやっていたとき、たまたまニューヨークでイギリス人女優が主演する『王女メディア』の舞台ポスターを目にしまして。『たしか、父がやっている芝居じゃないかな』と軽い興味で観てみたら、本当に、手が震えるほど感動しました」
幼い頃から本が好きで、物語を書くことや演劇に興味はあった。でも親と同じ土俵に上がるのには抵抗があったし、何より、“俳優で食べていく”ということに、現実味がまったく感じられなかった。
「でも、20代も半ばを過ぎた頃、“死ぬ前にあれをやっておけばよかったと後悔したくない。本当は何をやりたいんだ?”と自分に問いかけたら、何の迷いもなく、“役者”という職業が頭に浮かんだ。それで、その日のうちに辞表を提出したんです」
昨年、平幹二朗さんは逝去したが、息子から見た父の偉大さについて訊くと、「芝居にかける情熱は、到底かなわないですね」と、その思い出をぽつりぽつり語り始めた。
「俳優として“主演”にこだわった父は、1995年からシェイクスピア劇の上演を目的とする“幹の会”を主宰してきました。僕も過去に2回参加していますが、これが8カ月で150~200ステージという超過密スケジュールで。父とは、『もう一回ぐらいやりたいね』なんて話していたけれど、僕は内心もう十分だと思っていました(苦笑)。『王女メディア』だって、公演が終わるとこのまま死んでもおかしくないっていうくらい真っ白な顔になって帰ってきて……。僕では、到底あそこまではたどり着けないでしょうね」