作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、新しい言葉を学んだという。

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 トランプ大統領のおかげで「オルタナティブ・ファクト」という言葉を学んだ。大統領就任式に「史上最多」の人が集まった!と大統領報道官がウソをついたことに対し、大統領顧問が「あれはオルタナティブ・ファクト」とテレビで発言したのだ。それを聞いたキャスターが、「オルタナティブ・ファクトはファクトじゃねぇよ!!」というような、強い口調で叫んでいた。

「オルタナティブ」とは「代替」という意味だけれど、これに「ファクト」をつけると、日本語圏に暮らす者としては、とたんに馴染み深い概念になるように思う。芥川龍之介「藪の中」しかり、人は見たいものを見る、客観的真実などなく全ては解釈、といった考えは、この国では政治家もジャーナリストもやっている。

 1月2日に放送された東京MXテレビのニュースバラエティー番組「ニュース女子」は、まさにオルタナティブ・ファクトな番組だった。沖縄の米軍ヘリパッド建設の「真相に迫る」と宣言して語られるのは、ヘリパッド建設反対に高齢者が多いのは、「逮捕されても生活に影響が少な」いため「過激デモ活動に従事させている」とか、「沖縄の人はみんなアメリカが好きなんですよ」みたいなこと。それをもっともらしく男性コメンテーターが話し、それに対し女性タレントが幼い笑い声をあげて頷く。誰もが等しく頭悪そうにみえる番組だった。全てがウソなわけではない。高齢者が多いのは事実だけど、あげた理由は事実ではない。「みんなアメリカが好き」というざっくりした感想は彼の心象世界なんだろうが、それもまた、オルタナティブ・ファクトだろう。

 
 去年出版された『沖縄は未来をどう生きるか』(岩波書店)は、大田昌秀元沖縄県知事と作家の佐藤優氏が2009年から7年間、沖縄の過去と今と未来を語り合った貴重な書だ。日本が沖縄から徹底的に搾取し、積極的に忘却しようとしてきた事実に向き合わず、沖縄を語ることはできないと気がつかされる。耳に優しく、お金になる「事実」を流布するメディアや、権力を慰撫するオルタナティブ・ファクトが政治的言説を作る残酷さは今に始まったことではないが、本書を読みながら、この7年で私たちが確実に危険水域に来たことを突きつけられた。

 さらに1月24日、韓国の「少女像」を取り上げたNHK「クローズアップ現代+」のオルタナティブ・ファクト臭にも驚いた。曰く、「慰安婦」はお金をもらって終わらせたがっているのに、韓国の市民が当事者を置き去りにして反朴槿恵で盛り上がっている、やれやれ韓国に必要なのは多様性と冷静さだね、という上から目線の内容だった。そこには日本が過去にしたこと、韓国以外の被害者がいること、そして「少女像」を設立した当事者のファクトはきれいに消されていた。

 権力を監視するどころか慰撫し、権力に抗う人々を冷笑する娯楽を提供するメディア。まさにオルタナティブ・ファクトなリアルを生きる日本社会。いったいどこに向かっているのでしょう。トランプより怖いかも。

週刊朝日 2017年2月17日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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