一人で生きることで自由を手に入れたけど、でもそれでどうなの?という問いが、ぼく自身のなかにあります。本作でも、広岡に若い黒木がこう問うんですよ。「自由の向こうには何があるんでしょう」と。

──連載中の読者からの反響は異例のものだったそうですね。

特にご年配の女性からの手紙が多かったです。いずれも達筆でね。「この主人公は、私の亡くなった主人によく似てます」なんて書いてあったり。便箋にしたためられた長い手紙は、一通一通感動的でしたよ。ボクシングにはほとんど興味のないような年配の女性たちが共感して読んでくれたことには、とても励まされました。

──なぜ共感を呼んだのでしょう。

 年配の方々が共感を持って読むことができる主人公が出てくるような新聞小説が、いままであまりなかったんじゃないか、という気もしています。小説では年配の登場人物が類型的に扱われがちですが、この作品は「初老の」という言葉でひとくくりにされそうな人たちの、それぞれの「個」を、肯定的に取り上げた。それが共感につながったのかもしれません。

──連載の挿絵や単行本の装画を描いた中田春彌(はるひさ)の絵もとても印象的でした。

井上陽水と話していたとき、彼が「若い人に助けてもらっているような気がするよなぁ」なんて言ったんですよ。ぼくも中田さんに対して同じ思いですね。中田さんはいわば作中の黒木翔吾のような存在で、ぼくよりはるかに若い漫画家ですが、読者が小説世界に入っていくのに、彼の絵には本当に助けられたと思っています。「一人でやってきた」なんて偉そうに言ったけど、今回、初めて若い人に助けられたな、と感じているんです。

週刊朝日 2017年2月3日号