2015年4月から16年8月まで朝日新聞に連載され、大きな話題を呼んだ作家・沢木耕太郎の小説『春に散る』が、改稿・加筆を経て、昨年の大みそかに単行本として刊行された。プロボクサー・カシアス内藤の再起を描いたノンフィクション『一瞬の夏』以来、35年ぶりの新聞連載でもあったこの作品について、著者に聞いた──。
──新聞連載と普段の執筆活動との違いは?
連載中は、原稿を書き、推敲し、1日分ずつ区切って提出し、それを紙面で読み、また書くということの繰り返し。書き始めから連載を終え、さらに原稿に手を入れ、整理をして単行本にするまで3年ほどかかりましたが、その間、この小説の世界に浸り切るわけです。いわば自分が小説の世界で生きているわけで、そんなことが許されるのは、文章を書く人間にとって本当に幸せなことだと思いますね。
──本作は、『一瞬の夏』と呼応するところがあるように思います。
ある意味ではそうです。内容について『一瞬の夏』やカシアス内藤くんを意識したことはないですが、ともにボクシングがテーマだし、タイトルがそれぞれ夏と春でしょう。そして『一瞬の夏』は、ぼくとカシアス内藤の夏から次の夏までの1年間を、『春に散る』では、主人公の元ボクサー・広岡仁一の春から春までの1年間を、だいたい1年ぐらいかけて連載しています。
──ノンフィクションと小説という違いはありますね。
『一瞬の夏』では、書くときにはすべてが終わっていた。確定した事実をノンフィクションとしてどう整理していくかだけが問題でした。だけど本作は小説ですから、書いていく過程で内容が変化していかざるをえない。その変化を、ある種の自由さを持って楽しみつつ、書きました。
──主人公は60歳代半ばで、作者と同世代です。
自分と非常に近い年齢にしたために、物語が自由になっていきました。広岡は、ぼくがこうありたいと思うような人物。小説の骨格だけは決まっていましたが、そのなかで、ぼくが望むように変化していくストーリーを、自分の理想に近い主人公に生きてもらったんです。