「吉良と言えばね」と高倉さんの話は、市川崑監督の忠臣蔵映画「四十七人の刺客」に転じた。高倉さんはもちろん大石内蔵助だ。
「討ち入り後にね、僕は『吉良の首を、口にくわえて出てきたい』と市川監督に言いました。獲物を捕らえた動物のように表現したかったんです。カッと目を見開き、首をくわえて血まみれになってね。でも市川監督は使わなかったなあ」
「あなたへ」のポスターをご記憶だろうか。高倉さんが、写真館のウィンドーに貼ってある一枚の写真を見つめている。映画の中では、高倉さんがウィンドーのガラスをポンとたたく。
「あそこはウィンドーにチューしようかなあとも考えたんです。俳優ってね、いろんなことを考えるものなんですよ。目立とうと思ってね。大抵は結局やらないけどね。みんながびっくりすることをやるのが俳優だと言う人もいました」
「あなたへ」の主人公の名は倉島英二。「駅 STATION」が英次、「居酒屋兆治」が英治、「海へ See you」が英次だった。「冬の華」は秀次で、「夜叉」は修治だ。
「英二という名前、僕、好きなんですよ。そもそもね、名前が悪いと、僕はやりませんから。脚本を読んでいてね、名前が合ってないなと思うことがあるんです。そういう映画は断っちゃう。主役にこんな名前をつける脚本家はロクなもんじゃない、と思いますね。降旗監督はそのことを知ってますからね、『英二』という名前にしておけば、あいつはきっとやるだろう、と考えたんじゃないかな」
北九州・門司の港を岸壁沿いに高倉さんがずうっと歩いて去っていくラストシーンは、クランクアップの日に撮影された。映画というのは、必ずしも物語の順番に沿って撮るわけではないから、ラストシーンを最終日の最後に持ってきたのは特別な意味があったろう。
私は寒風吹きすさぶ現場でその様子を見ていた。高倉さんの姿がどんどん小さくなっていくのに、降旗監督は一向に「カット」をかけない。いつまで続くんだろうと思いながらも、一方で深い感銘を受けていた。
撮影がすべて終わった後で、共演の佐藤浩市さん、草彅剛さんとともに、記者たちの囲み取材に応じた高倉さんは「感慨無量です」の一言だった。「無口で不器用」なパブリックイメージそのものだった。
長崎・平戸でのインタビューはクランクアップの9カ月後だった。ラストシーンの長回しのことを聞いてみた。「ずいぶん長いなあと思ったね。撮影が終わってほしくないなとも感じていました。これが映画の宿命ですよね。大抵、いい感じになったところで撮影が終わってしまう。まあ、終わりが来るからいいのかもしれません。早く終わってほしい映画もありましたけどね」