
11月10日は、高倉健さん(享年83)の三回忌にあたる。今もなお、色あせぬまま人々の心に生き続ける健さん。遺作となった「あなたへ」の撮影現場で交わした、日本を代表する映画俳優との言葉を朝日新聞編集委員の石飛徳樹氏が追想する。
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高倉健さんの叱責に震え上がったことがある。
「君ね、映画の取材に来ているんだろ。映画を見てこなきゃ駄目じゃないか」
2012年8月。高倉さん主演の映画「あなたへ」が完成し、ロケ地となった長崎県平戸市でインタビューをした時のことだ。
実は、叱られたのは私ではない。一緒にいた週刊誌の若い編集者である。私は先に取材を終えてくつろいでいた。すると週刊誌の取材に答えていた高倉さんの声がだんだん鋭くなってきて、先の言葉になった。凍り付いた空気の中で私は、自分の取材が終わっていたことを神に感謝していた。
その時は叱られたのが自分じゃなくて良かったと思うのみだったが、高倉さんが旅だってしまった今、その若い編集者を心底うらやましく感じている。あの高倉さんに叱ってもらえたのだ。このエピソードを披露するのだって、自分の話だったら、迫力が全然違っただろう。
しかも彼は高倉さんの出身高校の後輩だった。「後輩だから言うんだぞ」と諭す高倉さんには、父親のような思いやりがあった。その後、彼とは東京で酒を飲む間柄になり、時折この貴重すぎる思い出話に花を咲かせている。
残念ながら、私のインタビューではそういうドラマチックなことは起きなかった。私の平凡な質問に対して時に脱線をしながら、丁寧に答えてくれた。「無口で不器用」というパブリックイメージのある高倉さんが、実は意外におしゃべりだというのは本当である。
「あなたへ」の撮影中、こんなことがあった。俳優たちが引き揚げた後、スタッフだけで夜の嵐のシーンを撮る準備をしていると、一台の軽トラックが近づいてきた。一般の車が迷って入ってきたかと思ったら、運転席には何と高倉さん。スタッフを驚かせがてら、激励に来たのだった。
「高倉さん、おちゃめですねぇ」と笑うと、「いやあ、東映時代のいたずらはこんな生易しいもんじゃなかった。もっとメチャクチャやりましたよ」と、若い頃のさまざまな「悪事」を話してくれた。
「風呂にコショウを入れたり、所長室の電話線を切ったりね。『網走番外地』のロケでね、毎晩街に繰り出しては女をだます奴がいてね、そいつを懲らしめようと『嵐寛寿郎さんから栄養ドリンクの差し入れだ』と偽って下剤を飲ませて、トイレを全部使用中にしておいたんです。可哀想に、外の寒い雪の中で用を足していましたよ」