そんな愛人たちを巧みに転がす松吉という男。市川崑監督の映画版では船越英二、2002年のドラマ版では小林薫が演じている。まぁね、モテそうですよ。だけど船越は船越でも英一郎が10股。あの2時間ドラマの崖男が?って思うでしょ? ところがもう見れば見るほど、ビバ英一郎=松吉に納得するマジック。
別れを切り出す受付嬢。「私にとって(松吉は)一人だったんだからね」とスネれば、「俺にとっても(君は)一人だよ」と、のたまう松吉。ここで、ハァ~? 女10人だろ!とキレられたら、すかさず「久未ちゃんは世界に一人でしょ。代わりはいないよ。悲しいよ」と、眉毛ハの字の決め顔だ。これぞ英一郎の崖スマイル。どんな殺人犯でも思わず自白してしまうそのスマイルに、受付嬢なんてコロリよ、コロリ。
その未来は崖の下、不倫という奈落に落ちるのはわかっていても、崖の神様・英一郎にすがってしまう女心のせつなさよ(ちょっと違う)。犯人ならぬ、女心を開かせる説得力と包容力。複数の愛人の名前を間違わない記憶力。密会時間がかぶらないよう点と線でタイムスケジュールを組む計画力。そして、10人の女をモノにする精神力と体力。10股に必要なものは、すべて2時間ドラマの刑事にあった!? でも、こんなことしてたら、いつか自分が崖から突き落とされそう。
※週刊朝日 2016年11月18日号