かつて朝日ジャーナルには「若者たちの神々」という名物企画があった。32年前に登場した作家の林真理子、島田雅彦両氏が「アグネス論争」の真相など当時を振り返った。
林:正しい歴史認識ってあるんですか。同じ問題を眺めたところで、私たちと中国、韓国の人たちの歴史観が一致するなんてあり得ないでしょう。
島田:従軍慰安婦問題一つとってもね。今はナショナリスト同士の感情的なぶつかり合いという面が大きいと思うんです。ナショナリズムって「人類のはしか」と言われてますから。あったこととなかったことを冷静に見極めるのが歴史学的なスタンスのはずですが、感情的な人たちを代弁する学者もいる。どっちもどっちな印象はあります。
林:天安門事件(1989年)までは、日本人は中国に対して好意と贖罪意識を持っていた気がする。私はあの事件以来、あの国に対する疑問をずっと引きずってます。
島田:おっしゃるとおり、日本でナショナリズムが盛り上がってくるのは、製造業の低迷の始まる90年代半ばくらいからです。そのころから、「南京大虐殺はなかった」という主張が出てきて、反中・嫌韓的なムードになってきた。中国や韓国も経済的に成長して自信をつけ、反日ナショナリズムが出てくる。中国国内では体制批判が厳しく取り締まられていたから、その隠れ蓑になった面もあるでしょう。
林:80年代の私の思い出といえば「アグネス論争」ですが、あのとき「これまで日本は中国に対してひどいことをしてきたのに、おまえは中国から来て頑張っているかわいい女の子をいじめるのか」という意見が非常に多かったんです。今なら違う感想になるでしょうね。まあ、彼女は香港出身ですけど。(ふと真顔になって)だんだん思い出してきた。当時、「朝日ジャーナル」はアグネスの御用雑誌みたいな感じで、「コワイ女がアグネスをいびる」とか、散々書いていたんですよ。私、いまなんでここに出てるのかしら(笑)。振り返ってみると、文藝春秋と朝日が反目し合っている中で、私たちはいいコマとして使われたんだと思う。
島田:代理戦争をさせられてたんだ。
林:そう思いますね。マッチョな男性優位主義の文春と、フェミニストらしき「朝日ジャーナル」。『男がさばくアグネス論争』という本も出たりして、老いも若きもいろんな人が、いろんなことを言っていた。異様なくらいに。
島田:当時は「保守と革新」とか、確固とした左右のイデオロギー闘争があったから、対立軸が見えやすかったというのもあるでしょうね。いまはそれが薄まって、右翼はただの権力志向となり、左翼は風前のともしび。極右が突出しているせいで、保守がリベラル的に見えたりもする。
※「緊急復活 朝日ジャーナル」より抜粋