作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。沖縄の元米軍海兵隊による殺害事件について言及する。

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 沖縄で20歳の女性が殺された。容疑者は元米軍海兵隊の30代の男だ。こういう事件が起きるたび、とっさに耳と目を塞ぎたくなる。防衛本能だと思う。事件の直後から、必ずといっていいほど聞こえてくる暴言の数々に、耐えられそうもない。

 案の定、オバマ大統領来日を控えていた政府内から「最悪のタイミングだ」という声があがったことが報道された。また前衆議院議員の中山成彬氏は「折からの県議選にも影響する最悪のタイミング」とTwitterでつぶやき、橋下徹氏は3年前に国内外からバッシングされ撤回した自身の発言「(米軍に)風俗を活用してもらいたい」を「やっぱり撤回しない方がよかったかも」とTwitterでつぶやいた。中山成彬氏にいたっては、「護身術を身につけることを勧める」「下手に日本女性に手を出すと逆にやられるぞという風評を広めたい」とも発言しており、私は、これらの暴力発言に、じわじわと苦しみが深まっている。この国で女として生きている意味を考えさせられている。

 先日、沖縄で性暴力問題に長年取り組んできた高里鈴代さんの講演を聴いた。日本の敗戦後、アメリカの占領地となった沖縄で、アメリカ軍が公認する風俗店がつくられた。いわゆるAサインバーと言われていて(AはApproved=許可されている)、ここで働く女性たちは、性病検査を徹底的に受けさせられた(性病検査済み=Approvedな女)。Aサインバーがつくられたのは、徹底的に沖縄の米軍人を性病から守り、彼らの健康を維持するためだった。

 
 当時の状況を調査した時、特にベトナム戦争時のAサインバーで働く女性たちの過酷さは、筆舌に尽くしがたいものがあったという。人を殺す訓練を受け、実際に殺し、自分も生と死の狭間から生還した男たちが沖縄に立ち寄った時、女たちは1日に20~30人もの相手をしなければいけない日々だった。女たちは店から様々な名目で借金を背負わされ、1カ月平均100ドルの給料時代に、7千ドルの借金を抱えさせられていた人もいた。自分の意思で辞められない状況だったのだ。そして何より、Aサインバーがあったとしても、米軍による強姦事件はなくならなかった。

 高里さんは、こう仰る。

「沖縄の米兵は透明人間なんです」と。

 どこから来て、どこに移動するのか、沖縄の人たちには知らされていない。数時間後にグアムの基地に向かう米兵2人によるレイプ事件が起きたこともあった。沖縄滞在は、たった2日だった。不平等な地位協定のため、もし日本の警察が彼らを捕らえられなければ、加害者が罰せられることはなかっただろう。

「タイミング」の問題ではない。そして「風俗活用云々」の問題ではない。沖縄の人が、そして米軍基地の周辺に住む人々が、常に抱えている恐怖であり、悔しさだ。その痛みによりそうことなく、男の性欲の話をまずする男や、政局の話をしたがる政治家たちに、感じる心はあるのだろうか。

週刊朝日 2016年6月10日号