冗談ではないから、どうか笑わないで聴いて欲しい。どうやらブームらしいのである。何がって?ジャズですよ、ジャズ。おいおい、またかよー。これまで何度「今、ジャズが静かなブーム」とかいって、騒いでは消えたことか。
当店に電話で散髪の予約を入れてきた四十歳くらいの男性。ほんの一年ほど前に、突如ジャズに開眼したと仰る新規客である。きっかけは、ご夫婦でよく行く居酒屋のBGMがジャズで、その影響を受けたんだそうだ。
なんと奥様もいっしょにジャズにはまっていて、自宅でも夕飯時には部屋の照明を落とし、コルトレーンをかけ、ふたりして「うん、速いな、速いな」とか言いながら食事するというから微笑ましいではないか。
すっかり嬉しくなって、「ナカヤマヤスキって、知ってますか?」と訊ねたら、「いや、日本人はちょっと…」
いやいや、ミュージシャンじゃなくて、ジャズ評論家のナカヤマヤスキなんですけど…。
いまどきのジャズファンは、「マイルスを聴け!」も「ジャズ・オブ・パラダイス」も、「スイング・ジャーナル」も読まずに、インターネットを使って情報収集し、iTunesストアで試聴して、図書館でCDを借りたり、オークションで安いCDを買いまくってるというから恐れ入る。
ジャズ本をチェックしながら中古レコード店に足繁く通った、一昔前のジャズファンとはずいぶん様変わりしたようである。
曰く、「ジャズがかかってる空間は、ぜんぜん違うんですよ!」
おお、なんと力強いお言葉。毎日普通にジャズばかり聴いてるから、すっかり神経が麻痺してしまっているが、そういえば、たしかにわたしもそんなふうに思ってた時期があった。世間一般の目から見れば、きっと今もそうなのだろう。ほかの音楽とは違うのだ、空気が。
「ブルースっぽいピアノトリオをかけてください」とのリクエストで、わたしが選んだのはプレズティッジの『レッド・ガーランズ・ピアノ』。アーシーな「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥー・ラブ」で始まる本盤は、重すぎず軽すぎず、ブルースの深みと味わいがあり、そして、これぞピアノトリオといったジャケットデザインがキマッてる。
「これ、誰ですか?」
レッド・ガーランド。マイルスのリズムセクションのピアニストです。
「マイルス…ですか。はあ(意味がよくわかってない様子)」
しかし、音楽の内容は気に入ってもらえたみたい。一緒について来た奥様が携帯電話でメモをとってらっしゃった。携帯電話さえ持たないわたしは、やることなすこといちいち新鮮な彼らの行動に感心しきり。
このほかにも、最近ジャズのCDを買うようになったという話を、他のお客様から聞いたりして、やはり一定の割合でジャズに関心をもつ人が出ているようである。
ただ、昔とは入門の仕方がずいぶん変わってきているのはたしか。情報も、音源の入手も易しくなった。考え方を切り替えないといけないのは、きっと古いジャズファンのほうなのだ。
【収録曲一覧】
1. Please Send Me Someone to Love
2. Stompin' at the Savoy
3. Very Thought of You
4. Almost Like Being in Love
5. If I Were a Bell
6. I Know Why (And So Do You)
7. I Can't Give You Anything But Love
8. But Not for Me