2016年3月11日、東日本大震災から5年を迎えた。室井佑月氏は、今になって原発事故の真実が明らかになる現状に呆れる。

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 今年の3月の11日は、2011年の3月11日と同じく金曜日だった。当日は東日本大震災の犠牲者の追悼式があった。

 あたしはラジオ番組に出ていたけど、地震発生の時間には目を瞑り黙祷を捧げた。

 そして、番組のメーンパーソナリティーの大竹まことさんと、「我々は変わらずに頑張っていこう」というようなことを話し合った。

 2011年3月11日、あたしは、変わらぬ明日というものがどんなに大切なものなのかを知った。

 それまでなにも考えず穏やかな毎日が送れていたのは、生まれた時、生まれた場所など、幾重にもラッキーな偶然が重なっただけなのかもしれない。変わらぬ明日を送るためには、そのための努力が必要なのかも。個人も国も。

 個人の変わらぬ明日を送る努力とは、毎日を精一杯生きることだったりするのだろうか。では、この国の努力とはなんだろう。

 なぜ、5年経った今でも、避難者が17万人以上もいるんだろう。

 あたしはこの国の努力が、誤魔化しというような、真逆の方向に進んでいる気がしてならない。

 
 今年の3月11日を前にして、消費者庁が発表した「東京電力福島第一原発事故による放射性物質の風評被害に関する今年2月の意識調査では、放射性物質を理由に福島県産の食品購入をためらう消費者は、去年8月の調査を1.5ポイント下回り、15.7%だった」というニュースがテレビでがんがん流れていたっけ。この国の食品の安全は多数決で決まるって?

 こういうニュースこそ、風評被害を増長させる。大事なことは、今現在、どのような検査をし、どのような数値かということじゃないか。

 事故による汚染土を保管する場所を、未だに中間貯蔵施設と呼びつづけるのはなぜ? 最終処分場もないくせに。

 だいたい、福島第一原発事故には莫大な国費が使われた。

 その金を返せるわけもないのだが、電力業界はもう広告を出している。原発は安くてクリーンなエネルギーです、というような。広告を仕切る代理店にも、記事に顔を出す著名人にも、もちろんふんだんな金が支払われている。

 そしてなにより、いちばん許せないのが、5年経った今になって、真実がぽろぽろ出てきていること。

 国会事故調委員だった田中三彦氏は、「1号機は津波が来る前に、地震による配管断裂などで壊れた可能性が高い」と、当時からいっている。しかし東電側は、炉心溶融(メルトダウン)を判定する基準がマニュアルに明記してあったにもかかわらず、社内の人間は誰ひとりとして気付かなかったとシラを切った。

 原発事故の被害の“時効”は10年、それを待ってるとしか思えない。

 国もマスコミも、いつか変わってしまうその日まで、面倒なことはしないという姿勢でいいのか?

週刊朝日  2016年4月8日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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