
「このCDについて書いてみよう」と思い、せっせと半分くらい書いたところで検索をかけてみると廃盤になっており、泣く泣く原稿をボツにしたこともあった『ディス・イズ・パット・モラン』。ようやくの再発で、ふたたび書く気がムクムクと湧き上がる。
古いジャズを聴くオーディオマニアは、最新録音ばかり追いかけてる人にはない、ややこしい問題を抱えている。それは、録音が古いことだ!って、当たり前だけれど、ジャズというマイナーなジャンルゆえ、必ずしもよい状態でレコーディングされたものでないのがある。
ノイズがあったり、録音機材がよくないのはしょうがないけれど、ピアノの調律がずれている状態で弾いたものもけっこうあって、これがなかなかの曲者なのである。
なかには狂ったキーを巧みにはずして演奏するような芸達者もいるけれど、多少の音程の悪さなら、気にせず弾いてしまうことのほうが圧倒的に多い。
それが本作でのパット・モラン。特に顕著なのがソロピアノ曲で、「星影のステラ」「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー」「ホエン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーン」そして「グッドバイ」の5曲。
いずれも静かに始まり、途中でガンガン盛り上がる。そこで多くのリスナーは、ああやかましい!と、思わずボリュームを下げてしまうだろう。
おそらく、弾いてるパット本人は、多少音程が悪くとも、「セーフ」だと思ってるはずだが、これが、テープに録音され、微妙な回転ムラを経由して、ゆらぎが生じ、よりいっそう音程を悪くする。
と、ここまではアナログでの話。『ディス・イズ・パット・モラン』がCDになると、問題はもっと複雑になる。
アナログの『ディス・イズ・パット・モラン』は、「少々調律の悪い演奏が伸びたり縮んだりする」という程度の認識でよかったが、CDは、この状態を粉々に分解して、それを再構築するプロセスを経る。
うまくいけば、「少々調律の悪い演奏が伸びたり縮んだりする」のとソックリの再生は可能だが、へたをするとますますハーモニーが濁り、聴くに堪えない演奏になる。
さらには、再生するときに生じる付帯音の問題もある。巷のオーディオ製品には、「音楽に似ている付帯音」がたくさん混入しており、パッと聞いて(ダジャレではない)よくなったと思っても、それが不純なものであれば、こういうときに馬脚を現すのである。
そういう意味で、古い録音のバド・パウエルとか、セロニアス・モンクなど、特に調律の悪いものは、定期的にかけるとオーディオチェックにとてもよろしい(?)
オーディオで音程や演奏の内容までが変わってしまう、なんていうと、なんとも不思議な話ではあるが、ハーモニーの干渉や、アクセントのつきかたで隠れていた奏者の意図が出て来たり、逆に見えなくなったりもする。
『ディス・イズ・パット・モラン』の真価を語るには、再生する側のシステムの純化が必須である。可愛らしいジャケットとは裏腹に、なかなか骨の折れる、憎らしい一枚。
【収録曲一覧】
1. メイキン・ウーピー
2. イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
3. オニーロウソー
4. 星影のステラ
5. サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー
6. 降っても晴れても
7. ブルース・イン・ザ・クロゼット
8. ホエン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーン
9. 一晩中踊れたら
10. グッドバイ
11. イエスタデイズ
12. ブルース