モーション/リー・コニッツ
モーション/リー・コニッツ
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 わたしは床屋の息子として育ったので、この業界で昔から続くダサい習慣が、もう嫌で嫌でたまらなかった。

 特に嫌だったのがテレビ。なぜか床屋は一日中テレビをかけている。高校野球大相撲プロ野球、「時事放談」に「兼高かおる世界の旅」「NHKのど自慢」。垢抜けないなあ、なんでテレビなんだろう。

 今でこそ、「スポーツ・バー」のようなものが出てきたから、「スポーツ・バーバー」というのも結構いいかもしれないなと思えるようになったが、わたしが働きだした当時は、とにかくテレビが嫌で、隙をみてはスイッチを切り、音楽にかけかえた。

 すると、敵(わたしの父です)もさることながら、ツツツとやってきて、アンプのボリュームをスッと絞る。「(ロックは)やかましい」という意思表示なのだ。

 たしかに「床屋でロック」というのも、いまいちしっくりこないのは自分でもわかる。レゲエをかけたり、R&Bをかけたり、オールディーズをかけたりもしたが、やはりボリュームは下げられる。

 そこで試しにジャズをかけてみた。おっ?これはなんだかいけそうだぞ!

 ジャズをかけると、床屋店内の空気が一変し、いつものお客も、どういうわけか(失礼!)賢そうに見えてくるではないか!?

 音楽の内容がどうのこうのよりも、ジャズの放出する知的効果にまず興味をもった。それは、面白いことにボリュームを絞っていても発揮される。何を演奏してるかなんて二の次で、時たま「プップー」とか「ポロリン」と聞こえてくる程度でいい。それだけで感じのいい店に変身するのだから。

 よくかけたのがリー・コニッツの『モーション』。「アイ・リメンバー・ユー」「オール・オブ・ミー」など、よく知ってる曲なのに、まったくそうは聞こえない。シュールで何をやってるのかよくわからないところも気に入っていた。

 テレビ中心の営業形態は相変わらずだが、ジャズをかけていると、父もボリュームを下げにこない。うまい具合に折り合いがついた格好になった。

 いまどきテレビなんて、どこの家庭にもあるんだから、わざわざ床屋で観ることもないだろうというのがわたしの言い分だ。以後、床屋のジャズ化を推進していったが、高校野球と大相撲だけは絶対に譲ってくれなかった。

 夏休みには、オートバイを駆って全国のジャズ喫茶を巡る旅に出かけた。ようやく辿り着いた四国高松のジャズ喫茶では、なんとジャズではなく高校野球がかかっていた!?

【収録曲一覧】
1. I Remember You
2. All Of Me
3. Foolin Myself
4. You'd Be So Nice To Come Home To
5. I'll Remember April

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