作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。“男の尊厳”であるタチション問題を、「無意味どころか、臭くて汚いだけ」だとバッサリ斬る。

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 少し前、NHKの番組でトイレの尿ハネについて特集を組んでいた。その番組によると、男性が排尿時に立ってする場合、大量の尿が、壁や床、そして自分にも飛び散るという。番組では、尿の方向を便器手前や奥や側面など、様々な角度で実験していたが、男性が立ってする限り、確実に尿は壁や床に散るのだった。

 尿にみたてた青い液体がトイレ中にまき散らされる映像があまりにも衝撃的だったので、これを見たらタチションする男性誰しもが、家では座ってしようと考えるのではないかと思った。……が、私は、甘かった。どんなにトイレを汚しても、タチションこそが男の沽券! とばかりにタチションにこだわる男性が、どうやら少なくないらしいのだ。タチションとは、男性にとって何なのだろうか。

 番組中、一組の若い夫婦が登場した。トイレ掃除をする妻は、夫に座ってしてほしい、とお願いする。だが夫は、「絶対いやだ」と断る。それは男の尊厳の最後の砦であり、何より妻に命令されたくない、という思いだ。その男性はまだ幼い息子にもタチションを教えてるのだが、「タチションしながら尿がどのようにどこに飛ぶかなど、思考の訓練になる」と、言っていた。冗談かと思ったが、本気のようだった。

 男の人って凄いな、って思った。全国テレビで堂々と、「俺はタチションする。妻が困っていようが、立ってする」と宣言できるのは、それだけその発言に説得力と、多くの共感があると信じているからだろう。実際、スタジオにいた男性タレントも「どうしても座りたくない」を連発していた。

 
 結局、男性は番組への協力として、1週間、座って排尿をする。タチションがなくなるだけで、トイレ掃除がぐんと楽になるのだが、実験後に「やはり、座りたくない」と妻の前で宣言するのであった。あからさまにがくっと肩を落とす妻の顔は、本気で暗かった。その暗さに気がついてか、夫は、休日は掃除するよ、と明るく話していた。

 ちなみに番組には、尿ハネ防止研究をしているアメリカ人男性2人も登場した。彼らは、外出時に自分の服が汚れるのがイヤだからという理由で研究を始めたという。そもそも自宅では「座ってやるよ」と、何のこだわりもない調子で答えていた彼らが、あまりにまともで、「男らしく」みえるのだった。

 タチションこそ、男の尊厳。そんなことを死守する男性がどのくらいいるのか、私には分からない。私の周りの男性は父親も含め、家では座ってする人が多かった。私はそれを単なる衛生問題と考えていたけれど、NHKの番組を見ている限り、尿ハネ問題は、ジェンダーの問題のようである。立ってしたい夫と、妻の壮絶な闘いは、決して珍しい話ではなく、日本社会によくある葛藤だ。尿ハネに留まらず、女の我慢を踏み台に保たれる男の尊厳なんて、無意味どころか、臭くて汚いだけなんじゃないかと私は思うけどね。迷走する「男らしさ」の行き着く先には、何があるのか。

週刊朝日 2015年11月6日号