
資生堂パーラーのチキンライスは、おそらく日本一高級感あるチキンライスである。
池波正太郎の『むかしの味』に、株式仲買店の少年店員として働いていたころ、幼なじみが「チキンライスが銀の容物(いれもの)に入って出てくるんだぞ」と興奮ぎみに報告するくだりがある。それがこのチキンライスだ。
ふた付きの銀の器に入ってテーブルまで運ばれてくるチキンライス。それを、店員さんがお皿に盛りつけてくれる。見慣れた普段着洋食が、優雅に変身して目の前に現れたようだ。
資生堂パーラーが本格的な西洋料理店を開業したのは昭和3年。チキンライスはそのスタート時からあるメニューだ。
「昔ながらの味をお好みの方に人気があります。お店を代表するメニューのミートクロケットの登場が昭和6年ですから、チキンライスの歴史を感じますね」
と、資生堂パーラー広報の小番(こつがい)千栄さんが言う。
創業当時からベースの味は変わらない。
「そのときの一番いい素材を使いながら、昔からの味を壊さないよう心がけています」
と、資生堂パーラー総調理長、座間勝さん。
資生堂パーラーのチキンライスは、鶏肉とタマネギ、マッシュルームを、トマトケチャップとトマトペーストで煮込んだ「たね」をまず作り、それを「寝かす」。
「次の日のカレーがおいしい感覚に近いでしょうか。そのままだと少しとがった味になるところが、まろやかな酸味になってなじむんです。タマネギの甘さと鶏のうまみとトマトの酸味、これらがご飯を合わせたときにおいしくなるようなレシピなんですね」
そんな味を家庭でも簡単に再現できるよう、レトルトの「チキンライスの素」も平成11年から発売され、人気商品になっている。
オムライスやカレーのようには具材や調味料でバリエーションをつけられない。鶏肉とトマト味というしばりの中での直球勝負。それゆえの難しさもあると、座間総調理長は語る。
よそ行きであっても、やっぱり質実な料理なのである。
(太田サトル)
※週刊朝日 2015年9月11日号