東京大学などの研究からは、常にストレスを感じている人では、柔軟に物事を考えて行動するための脳の働きが悪くなっていることがわかっている。ストレスが直接健康に影響するだけでなく、脳の機能を変化させて、酒やたばこといった健康に悪い生活習慣も改めにくくなっているという。ほかにも、周囲との人間関係が乏しいことや、貧困家庭で育つと子供のころの低栄養や逆境などの体験によるストレスが、大人になっても影響することなどが指摘されている。
では、所得も学歴も高い上流老人であれば、健康に生きられるのだろうか。そうではないと、健康格差に詳しい東京大学の近藤尚己准教授は言う。
「周りの人と自分の暮らしぶりを比べることで、不健康な状態になることも知られています。これも、健康格差のひとつです」
愛知県在住の60歳代の専業主婦Cさんは、長く不眠やうつ状態が続いている。夫は中小企業の元役員で最近早期退職した。経済的には上流老人。だが、こう愚痴をこぼす。
「親戚の夫は社長。奥さんは服や食事を自由に楽しんでいるのに、私は我慢ばかり。夫が退職したら夫婦で世界一周をしようと思っていたのに、退職金は思ったより少なかった」
約3万3千人の高齢者を対象にした追跡調査を分析した近藤准教授らの研究では、自身の所得にかかわらず、「自分よりもお金持ちの人と自分の所得との差が大きい」人ほど、その後、心臓病や脳卒中などで死亡するリスクが高まっていた。
人は、周りと自分を比べてみじめさやねたみ、あきらめといった負の感情である「相対的剥奪感」を抱く。それが不健康につながるというのだ。
格差が広がることで、下流老人ばかりか上流老人さえも、健康状態が悪くなる可能性があるというわけだ。健康格差は誰にとっても対岸の火事ではない。
(本誌・長倉克枝)
※週刊朝日 2015年7月31日号より抜粋