日本気象協会は、今年のスギ花粉とヒノキ花粉の飛散数を、昨夏の高温の影響で東日本では昨年より2~3倍多く、冷夏や大雨に見舞われた西日本では「少なめ」と予測している。スギ花粉の飛散のピークは西日本や関東で3月の上旬から中旬、北陸や東北では3月中旬から下旬、ヒノキ花粉は4月上旬から中旬という。
昨年は飛散量が少なくさほど悩まされなかった人も今年は注意が必要だ。特に「多め」と予測された地域では早めに対策に乗り出すのが賢明だ。
そんななかで今、最も期待されているのが「スギ花粉症緩和米(以下、緩和米)」による免疫療法だ。
開発したのは農業生物資源研究所(茨城県つくば市)、日本製紙(東京都千代田区)、サタケ(広島県東広島市)らの合同チーム。同研究所遺伝子組換え研究センター長の高野誠さんが説明する。
「米の成分のほとんどはデンプンで、タンパク質が少し含まれる。そのタンパク質に、スギ花粉の主要なアレルゲンをつくる遺伝子を組み込んだんです」
緩和米を食べ続けることで、体がアレルゲンに慣れ、症状が緩和されると考えられている。花粉症の原因となる成分を食べても大丈夫なのか?
「緩和米はアレルゲンの成分を丸ごとではなく、免疫反応に関わる部分(エピトープ)だけをつくるように組み換え操作をしているので、症状が起きにくいと考えています」(高野さん)
緩和米を用いた花粉症の臨床研究を主導した東京慈恵会医科大学(東京都港区)分子免疫学研究部長の斎藤三郎さんが補足する。
「スギ花粉のアレルゲンを異物として認識するのは『ヘルパーT細胞』という免疫細胞。これはアレルゲンそのものではなく、アレルゲンの一部を認識するんです」
つまり緩和米にはアレルゲン全体ではなく、目印となる成分だけが入っているため、食べても症状は起きにくい。また緩和米を一定期間食べ続けることで、その目印を持ったタンパク質を異物と見なさなくなるため、スギ花粉が入ってきても、アレルギー反応は起こりにくいという。
さらに前出の高野さんは「緩和米は腸管免疫に働きかけるのが大きな特徴」と説明する。
「アレルゲンが含まれるタンパク質はふつうに食べても消化されにくく、胃では分解されずに腸まで届くことがわかっています。そのため、私たちの体で最大の免疫装置といわれる腸管免疫系に働きかけることができます」
緩和米の症状緩和についてはサルやマウスなどで良好な結果が得られていたが、斎藤さんが昨年、初めてヒトに対する効果を検証した。
具体的には2013年12月から14年5月にかけて実施。スギ花粉症患者30人を二つのグループに分け、片方には緩和米を1日1パック、もう片方には同じパッケージの普通のコメを食べてもらった。食べ方や食べる時間帯は自由で、チャーハンなどに加工してもよいことにした。
研究開始から終了まで6回にわたって被験者の血液を採取し、免疫細胞の活性化の程度を調べたところ、通常のコメを食べたグループは、花粉が飛散し始めると研究開始時期より3~4倍免疫細胞の活性が高まっていたが、緩和米を食べたほうは変わらなかった。つまり免疫反応が抑えられたのだ。
斎藤さんによると、早い人は緩和米を食べ始めて4週間後には免疫細胞の活性化が低下する反応が出始めた一方で、副作用はなかった。症状改善では明確な差が出なかったが、患者を診た耳鼻咽喉科医の話では鼻づまりが改善される傾向があったという。
動物を使った最新研究では、1日おきに緩和米を食べさせても有効だとわかっている。今は緩和米の量を減らして再度検証中だ。結果はまだ明らかにできないが、「手応えは感じている」(同)という。ただし実用化の際は「ごはん」としてではなく「コメから作った薬」に形を変える方向だ。高野さんが言う。
「創薬に協力してくれるメーカーが現れたら、すぐにでも治験を始めたい」
※週刊朝日 2015年2月27日号より抜粋