多くの人々が悲しんだ俳優・菅原文太さん(享年81)の死。元総理大臣・細川護煕氏もその死を嘆いた。
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お会いしたときは原発に関する話ばかりでした。心強い同志が亡くなって本当に寂しく残念です。
初めてお会いしたのは、宮城県知事選(2013年10月)の半年くらい前でした。当時、被災した東日本の海岸にコンクリートの堤防を造る計画があって、それに反対する東北大学の先生と菅原さんが、「宮城県知事選に出てくれませんか」と言ってこられたんです。「それは勘弁してください」とお断りしたんですが、思いは同じでしたから、きちんと反対の声をあげていきましょうと話し合ったことを覚えています。
その後、私が脱原発で都知事選に出馬した際は、連日、あの寒い中、街頭に立ってマイクを握っていただいた。世の中の不条理に対して断固として戦っていくという気持ちを共有していて、それが固いきずなになった。
私はやくざ映画や戦争映画は見ないので、菅原さんの出演作は一度も見たことがない。それでも、自然とか、環境とか、農業とか、語らずとも共有できる関心事がわれわれにはあった。これからも菅原さんの志をできる限り受け継いで、脱原発運動を続けていきたいと思っています。
※週刊朝日 2014年12月19日号