分譲マンションで今、建物の修繕だけでなく、居住者の高齢化や認知症が問題化している。
そのマンションは首都圏の幹線道路から一歩入った住宅街にある。大手ディベロッパーが手掛け、白い壁が高級感を醸し出している。ところが、落ち着いた外見とは裏腹に、内部では住民同士のトラブルが起こっている。
管理組合理事のコウジさん(仮名・47歳)が、ため息まじりに言う。
「住民同士が仲良く過ごせるよう、私も努力を重ねてきました。でも、修復できないところまで関係が悪化してしまったんです」
火種は、2年ほど前に入居したおひとりさまのカズコさん(仮名・70代半ば)だ。いつも上品な服装で、エレベーター内ですれ違うときも礼儀正しく挨拶を交わすが、なぜかクマのぬいぐるみを小脇に抱えていた。
あるとき「管理人が勝手に家の中に入ってモノを盗む」と言いだし、住民たちの郵便受けに直筆の抗議文を貼り出し、コウジさんにも訴えた。だがそのモノとは、洗面台に置いてある猫の置物。管理人は当然ながら「身に覚えはない」。カズコさんは認知症特有の症状「物盗られ妄想」が出ていたのだ。
コウジさんは数年前に亡くなった祖母が認知症で似たような症状を起こしていたので、カズコさんの言い分を否定せずに耳を傾けていた。他の住人は、認知症の症状を見たことがないため本気で口論していた。
次第に“暴走”はエスカレートする。高級マイカーを駐車場に止める際にマンション外壁にぶつけまくり、車は傷だらけ。カギを忘れて自宅内に入れず一晩中大騒ぎ。マンション周辺を一軒ずつ回っては「管理人にモノを盗られた」と言いだす……。
「20戸程度しか入居者がいない小さなマンションなので、すぐに『女性の様子がおかしい』という話が住民の間で広がり、不信感が募りました」(コウジさん)
幼い子どもがいる家庭から「わが子が車にひかれたら大変」と危惧する声が出始めた。失火も心配された。
さらに、「万が一、身寄りのないカズコさんが孤独死したら、マンションの資産価値が減ってしまう」といった懸念も聞こえてくるようになった。
緊急の理事会が招集されて、地元の地域包括支援センターへも情報が伝わった。カズコさんの部屋に入ると引っ越してきたままの状態で、段ボール箱は山積みで荷物は散らかり放題だった。
カズコさんは荷物をかき分けながら、居間のソファで着の身着のまま寝起きしていたようだった。食事は外食のため、生ゴミがたまらなかったのが不幸中の幸いだった。
「地域包括支援センターの職員は『施設に入所するほどではない』と言い残して帰ってしまったんです」(同)
コウジさんはまず医療機関に診てもらおうと、身内を探した。やっと兄弟の一人と連絡がついたが、積極的にはかかわってもらえず、事態は改善しなかった。コウジさんは苦情をぶつける住民との狭間で、頭を抱えている。
※週刊朝日 2014年11月14日号より抜粋