広告関係の会社員Aさん(51)は久しぶりにおろしたてのネクタイを締めた。誕生日のお祝いに、妻と大学生の娘(20)からもらったネクタイで、柄はなぜかドラえもん。紺とモスグリーンのストライプで、小さいドラえもんの顔がいくつか入っている。
Aさんは若く見え、なかなかオシャレでもある。いつもは無地かストライプのネクタイでもあり、Aさんは照れくさく、なんども鏡の前で結び直した。そのため、出勤時間がいつもより15分ほど遅れてしまった。
東急田園都市線の電車に飛び乗ると、なんだか車内の様子がおかしい。何人もの女性の乗客がこちらをチラチラ見ている。寝癖でも残っているのかと電車の窓でチェックしたが、変わった様子はない。となると、やはりネクタイだろうか。
「いい年をして、こんなネクタイはおかしい?」
「それとも娘がプレゼントするときに言ってたように『かわいい~』のか?」
女性たちの視線を浴びながら、Aさんは自問自答を続けた。こんなに多くの女性の視線を浴びたことはなく、悪い気はしなかった。そのとき、米倉涼子似の女性が近づいてきた。
「な、なに?」
「こ、告白?」
心臓はバクバク、頭の中がうれしい疑問符だらけになったAさんに、その女性は無表情で言った。
「ここ、女性専用車両だから」
次の駅はまだ遠い。「どこでもドア」がほしいAさんだった。
※週刊朝日 2014年5月30日号