男性の介護者が増えている。2010年の厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、同居の家族を介護している男性は、全体の30.6%。つまり介護者の3人に1人が男性だ。この背景には、介護者として「嫁」の関わる割合が減ったことがある。1968年の全国社会福祉協議会による「居宅寝たきり老人実態調査」では、介護の担い手として「息子の妻」が49.8%と半数を占めていた。しかし、10年「国民生活基礎調査」(世帯票)では、同居をして介護を担う「子の配偶者」の女性、つまり「嫁」は16.1%と減少している。この穴を埋めるように、男性の介護者が増えたとみられている。
それに伴い、女性にはなかった男性特有の悩みや問題が出てくるようになった。立命館大学教授で、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を立ち上げた津止正敏氏が言う。
「家事の問題は大きいですね。コーヒー一杯いれたことのない人が家事全般をしなくてはならなかったり、電気製品の使い方がわからなくて、結婚した娘を呼び出して全部教えてもらったりした男性もいました」
恥ずかしくて妻や母親の下着類をなかなか買うことができない人もいるし、スーパーのレジに並ぶことに抵抗を覚える男性もいる。買い物をする女性に交ざって買い物カゴを提げて並ぶ自分を、周りはどう見るのだろう、同情されているのではないかと思って、“プライド”が許さないのだ。
誰にも弱音を吐けず、グチもこぼせず、社会から孤立して介護にだけ向き合っている男性は、思うよりも多いのだろう。男性が介護殺人の加害者となるケースも多い。この状況を改善するにはどうしたらいいのか。津止教授は「社会」「企業」「自分」の三つに備えをつくることを提唱する。
「たとえば今の介護保険を、もっと介護をする家族に目を向けた制度に変えることが、社会の備えの一つになると思います」
現在の介護保険では、同居家族がいた場合、基本的には生活援助サービスが受けられない。つまり、料理のできない人だろうと、働きながらの介護だろうと、同居していれば、買い物や料理などの手伝いを頼むことはできない。今の制度は、介護をする人は家事ができ、介護に専念することが当たり前の「女性モデル」「嫁モデル」で設計されているのだ。これでは、時代遅れだ。
また、企業の備えについては、先の高室さんがこう提案する。
「企業の中に“介護手当補助金制度”のようなものがあるといいでしょう。たとえば、介護のお迎えがあるなら、その時間に社員を帰宅させるのではなく、お迎えを頼むお金を会社が6割程度負担する。介護をプロに任せるための補助制度のほうが、みんなが使いやすいでしょう。あとは、介護のことが普通に話せる職場づくりも重要。上司が悩みを聞く場をつくったり、会社の福利厚生として、『介護相談室』をつくったりすることもいいと思います」
また、在宅勤務など、働き方の選択肢をいくつか提案して、本人が選べる状況をつくるのも肝要だろう。
三つ目の自分に備えをつくるというのは、「教養」として介護を身につけるということ。介護を特集した雑誌を読むのでも、家事を手伝うのでもいいだろう。齊藤さんも、こう助言する。
「飲み会やネットの通信費が払える程度の貯蓄はあったほうがいいでしょう。あと可能なら、働けない状況でも家賃収入などの定期収入があると心強いです」
介護が始まったときに慌てるのではなく、介護生活を想定して、ある程度の準備は個人でしておきたい。
※週刊朝日 2014年3月14日号