2013年1月に肺炎のため80歳で亡くなった映画監督の大島渚さん。代表作のひとつ「愛のコリーダ」に、当時助監督として制作に参加した映画監督の崔(さい)洋一さんが配役にまつわる裏話を明かす。

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 日本初の本番映画で、秘密裏に進めなきゃいけなかったんです。フランスとの合作で、あっちのプロデューサーに「男性器の形もかっこいい人を」と写真を求められたりして、キャスティングは難航しました。

 僕は初期段階から、テレビドラマ「新宿警察」以来交流がある藤竜也さんを主演候補に挙げていたんですが、大島さん、なかなか決めない。明日は帝国ホテルで制作発表会見という時期になって突然、「崔、連絡取れるか?」と。赤坂の喫茶店で引き合わせました。

 二人とも初対面で、ほとんど言葉を発しない。大島さんは「阿部定事件を題材にした愛の物語です。ホン、読んでください」と胸元から取り出した脚本を藤さんに手渡し、「あとはよろしく」と10分足らずで引き揚げてしまった。

 僕は、何がよろしくだと困りましたが、藤さんが脚本を読み始めた。1時間半後、「もう一回ここで読む」と言うので、僕は事務所に戻り、大島さんの妹でプロデューサーの瑛子さんと電話を待ったんです。夕方5時、待ちに待った電話が鳴って藤さんが一言、「新宿で飲もう」と。瑛子さんが「ダメでもそうでなくてもきれいに飲んでおいで」って3万円渡してくれました。

 1軒目は3時間ほど、ほぼ無言。店に他の客が一人もおらず、藤さんが「愛の物語だね」とボソッと言ってはまた酒を飲む。僕は《出演してくれますか?》と言えず、2軒目でプロデューサーの若松孝二さんに合流してもらって2時間後、とうとう若松さんが「どうでしょうか?」と聞いたんです。

「出る気がなければ、今ここで、若松さんとも崔さんとも飲んでませんよ」

 記者会見の7、8時間前でした。若松さんが泣き、僕も泣いて、その隣に平然と飲み続ける藤さんがいて……。昼ごろ、藤さんはそのままの格好で帝国ホテルに現れ、僕と控室へ。大島さんは大変緊張しつつも、抱きかかえんばかりに喜んでいました。キャストが紹介された会見場の、あのどよめきが忘れられません。

週刊朝日 2013年12月20日号