細川護熙(もりひろ)氏(75)といえば、1993年に「非自民連立内閣」を組閣した元首相にして、旧本藩主細川家の第18代当主としても知られる。98年に還暦を迎えて政界を完全引退した後は「晴耕雨読」の日々を送りながら、作陶などで文化的な素養を発揮してきた。

 そんな細川氏が、最近はふすま絵師として活躍しているという。本人に話を聞くと「好きなことを続けてきただけなのですが」と謙遜(けんそん)しながら、語り始めた。

「書は熊本県知事を務めた83年ごろから県OBの書家から学び始めました。60歳で陶芸に魅せられて以降は、興味の赴くまま油絵、水墨画とやってきただけです」

 ふすま絵との出会いは2011年。細川家ゆかりの京都・地蔵院を訪れたところ、ふすま絵が傷んでいた。見かねた細川氏が、寺側に制作を申し出たという。

「挑戦しがいがあると思いましてね。取りかかってみると、案の定難しかったですね。何しろ、お寺のふすまは大きい。紙、墨、筆と、全てに配慮しました」

 同じ京都の建仁寺の一室を借りて作業を続け、12年の春に完成。中国の洞庭湖の風景を墨の濃淡だけで表現してみせた。

 すると京都最古の禅寺である建仁寺からも依頼があり、「京都の春夏秋冬」をテーマに制作。今年3月に「春」と「秋」の計16面を発表。現在は「夏」と「冬」を制作しているが、3年後に公開予定の薬師寺の下絵にも取りかかり、さらに東大寺での仕事も控えているという。まさに「売れっ子」なのである。

 一方、最近は脱原発論者としても脚光を浴びる。細川氏にとって「元首相」と「ふすま絵師」の顔は、矛盾なく共存しているようだ。

「水墨画と原発事故は確かに対極に位置する世界でしょう。ですが、だからこそ結びついているとも言える。美しい自然が放射能で汚染され続けているという危機感は、どこかで私の絵に反映されているはずです」

 細川氏の作品について、大東文化大の高橋利郎准教授(日本書道史)は「相当なレベルの作品ですよ」と太鼓判を押す。

「下手なプロのように嫌みがないぶん、良質の素人芸と形容できるかもしれません。普段、細川家所蔵の名品と接しているためか、豊かな素養を感じます」

 元首相では犬養毅、吉田茂らが傑出した書家として知られる。細川氏が並び称される日も近いことだろう。

週刊朝日  2013年11月15日号