肩に痛みや張りがあったら、揉んだり押したりして「こり」をほぐすのが常識だ。しかし、その「常識」が肩こりを悪化させているとしたら……? 肩こりが重症化すると、頭痛や吐き気、耳鳴りなどを引き起こしかねない。揉まずに、こりを解消する常識破りの最新ケアに迫った。
肩のトラブルの筆頭と言えば、誰もが経験のある肩こりだ。その対処法は、肩揉みや肩叩き、指圧やマッサージなどが定番だが、ストレッチや筋トレというアプローチもある。しかし最近、こういった従来の肩こり対策とまったく違うアプローチの新たな手法が注目されている。歯科医師の佐藤青児氏が提唱する「さとう式リンパケア」だ。
佐藤氏は、愛知県春日井市で歯科医院を経営する傍ら、「揉まずに、押さずに」筋肉のこりを解消する独自のケアを考案し、2000年ごろから提唱している。全国各地で開催される無料講習会には、雑誌やテレビで「さとう式」を知った一般の人のほか、医療従事者、整体師、セラピストなどが毎回数十人程度集う。今夏に東京で開催された講習会で、その実態を取材した。
受講者たちが取り囲むなか、佐藤氏はデモンストレーションとして横たわる被験者に「片手バンザイ体操」のケアを施した。と言っても、佐藤氏が行ったのは被験者の手を正しい位置にリードするだけで、体に触れているのは被験者自身の手だ。それもごく軽く触れるだけで、揉みほぐしたりさすったりはしていない。手の位置をササッとすばやく変える合間に深呼吸を促す。一連の動作にかかった時間は、わずか数十秒だ。あっという間にケアが終わると、被験者は肩に触れてつぶやいた。
「あ、柔らかくなってる!」
周囲の受講者たちも、あまりの簡単さとその即効性に、驚きを隠せないようすだった。
「なぜ歯医者の私がリンパケアを始めたのかと言うと、顎関節症の治療をしていたからです」(佐藤氏)
顎関節症は、顎周辺の筋肉の過緊張により、口の開閉に支障が出たり痛みが出たりする病気だ。佐藤氏は患者に顎の筋肉をマッサージさせていたが、かえって悪化する人が続出。そこでマッサージの力を弱めるよう指導したところ、力が弱ければ弱いほど効果的であることが判明した。それを契機に、筋肉を揉まずに押さずに「緩める」方法を追求するようになったのだという。
「顎関節は、実は肩こりと深く関連しています」
佐藤氏によれば、顎関節と連動して動く咬筋は、首の前側を覆う広頸筋と連結しており、咬筋が収縮すると広頸筋が引っ張られて首が前に倒れる。すると、首の後ろ側から背中の上部までを覆う僧帽筋が上方向に引っ張られて緊張状態に陥り、こりが発生する。顎関節周辺の筋肉の緊張が、肩こりをもたらすのだ。
僧帽筋を引っ張っているのは、広頸筋だけではない。体の前側は、背骨に支えられている後ろ側に比べて、筋肉にかかる力(モーメント)の割合が大きいという。そのため、胸や脇腹の筋肉が過剰に収縮し、背中の筋肉=僧帽筋を伸展させることになる。
具体的には、大胸筋が左右に、広背筋が斜め下に僧帽筋を引っ張っている。つまり、僧帽筋は首・肩・脇腹の3方向から引っ張られて動かせない状態なのだ。この僧帽筋の硬直状態こそが肩こりの本態だと佐藤氏は指摘する。
「子どもがお父さん、お母さん、おじいさんにそれぞれ手を引っ張られているようなもの。肩のマッサージをするのは、その状態で『動け、動け』と子どもを叩いているのと同じことです」
筋肉が動かなければ、体液(間質リンパ=血管外・リンパ管外の細胞と細胞の間の体液。間質液)の循環が悪くなり、細胞に必要な酸素や栄養素が体内に供給されなくなる。疲労物質などの老廃物も排出されなくなり、ますますこりがひどくなる。だから、筋肉が自然と動くように、柔らかく緩めることが重要なのだ。
※週刊朝日 2013年9月13日号