イギリスの隣国、アイルランド。文学の大国であり、妖精の大国でもある。1987年春の作家・司馬遼太郎さんの旅を辿った。

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『ガリバー旅行記』のスウィフトや『ユリシーズ』のジョイス、『ゴドーを待ちながら』のベケット、『ケルト妖精物語』の詩人イェイツ。

 司馬さんは1987(昭和62)年3月末、多くの作家や詩人を生んだ「文学の大国」アイルランドを訪ねた。もともとヨーロッパの先住民族ケルトが作った国で、各地に妖精の伝説も多い。2巻にわたる『愛蘭土紀行』では、丸山かおりの詩「汽車に乗って」が紹介された。

〈汽車に乗って、あいるらんどのような田舎へ行こう。ひとびとが祭の日傘をぐるぐるまわし日が照りながら雨のふる あいるらんどのような田舎へ行こう〉

 首都のダブリンを出発した司馬さんは、汽車ではないが、クルマで西へと向かう。

〈車窓に映った自分の顔を道づれにして、湖水をわたり 隧道(とんねる)をくぐり 珍しい顔の少女や牛の歩いている あいるらんどのような田舎へゆこう〉

 司馬さんは、ジョン・フォード監督が父の故郷を描いた「静かなる男」の舞台に近い、ゴールウェイの町に滞在している。さらにはそこから海上50キロほどに浮かぶアラン諸島を訪ね、主島のイニシュモア島に上陸している。記録映画の名作「アラン」の舞台となった島で、石灰岩の岩盤が島を覆い、農地がほとんどない。

「アイルランドにゆきたいのは、アラン島へゆきたいからです」と旅行前に司馬さんは語っていた。辺境が好きな司馬さんらしい。

 強国イギリスに圧迫されながらもカトリックを守り、独立を勝ち取った。文学者たちも独立のバックボーンとなった。不屈の闘志とケルトの心が息づく緑の大地を歩いた。

週刊朝日 2013年8月9日号