「吟醸」「大吟醸」など、さまざまな「特定名称」がある日本酒。特定名称は米の精米歩合によって異なるのだが、実はこれ、必ずしもラベルに記載しなくてもよく、表示がないのに居酒屋などのメニューに「純米吟醸」と記載され販売されているケースがある。新潟の地酒「村祐(むらゆう)」もラベルに特定名称の記載のない日本酒のひとつだ。

「村祐」を造っているのは新潟の村祐酒造で、年間製造販売量は一升瓶で3万本足らずという小さな酒蔵だ。直接取引のある特約店は全国約30カ所。都内のある特約店は、「村祐はラベルの色で純米吟醸はもちろん、特別純米や純米大吟醸などを分けている。蔵元からも『これは純米吟醸』と言われていて、こちらも信頼関係で取引している。精米歩合非公開だからといって、『本当?』とは聞けない」

 ということは、ラベルには特定名称も精米歩合も表示されていないのに、酒販店や居酒屋は特定名称酒として売っているのか……。うまくない酒の後口のように、どうもスッキリしない。モヤモヤした気持ちを抱え、日本弁護士連合会の消費者問題対策委員会副委員長を務める石川直基弁護士に聞いてみた。

「清酒の表示基準は、あくまでも『表示』のルールです。特定名称をラベルに書かなければ、精米歩合も必要はありません。ネットで書いたり、売るときに口頭で伝えたりするのは『広告』なので、景品表示法の不当表示、つまり広告と中身が著しく違うときに問題となってきます。釈然としませんが、中身が正しければ違法にならないのです」

“法の隙間”ということなのか。では、中身は本当に正しいのだろうか。なぜラベルには表示せず口承で特定名称を伝えるのか。疑問を解消するため、蔵元の村祐酒造を直撃した。

 ここ新潟は80年代に起きた日本の地酒ブームの発祥地だ。当時、もてはやされたのはすっきりのどごしの良い「淡麗辛口」と呼ばれた味だった。村祐酒造は2000年前後にブームが下火になったころ、「新潟らしからぬ画期的な甘口の酒」を造ることに成功した、と村山健輔社長は言う。だが、いざ売ろうとして大きな壁が立ちはだかった。都内の酒販店にセールスをかけたところ、新潟の酒というだけで、次々に門前払いを食ってしまったという。精米歩合や日本酒度、酸度などの数字だけで判断されたこともある。

「例えば日本酒度がマイナスだと言った途端、『そんな甘い酒はいらない』となる。だから説明せずに『とにかく飲んでから判断して!』とケンカ覚悟で売り込むようになった。日本酒とは、わずかな先入観で味覚が引っぱられる繊細な飲み物なんです」

 その後、酒販店の店主が躊躇(ちゅうちょ)しても、試飲した女性に「おいしい!」と気に入られるなどして、取引先が増えていったという。このころのラベルには精米歩合を表示する義務がなく、「村祐」は特定名称だけを載せていた。

「純米吟醸や大吟醸という呼び名で価格の違いも伝えられるため、消費者にもわかりやすいと考えた。でも04年の法改正(04年以降、特定名称酒であることをラベルに表示する場合は、原材料名のそばに精米歩合も添えるよう義務づけられている)のときは、ラベルから特定名称を外すか精米歩合を表示するかで悩んだ結果、ずっと非公開を通してきた以上、何も書かないことにした。うちは小さな酒蔵で、他社製品と差別化したい意図もあります」

週刊朝日 2013年7月19日号