医療は発達したが終末期に関する法はない日本。穏やかな死が迎えにくい日本の現状で、どうすれば患者の意思を尊重してもらえるのか。がん医療の権威で終末期医療に詳しい大野竜三医師(愛知県がんセンター名誉総長)に、延命治療の阻止に重要な「リビング・ウイル」について聞いた。
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ピン・ピン・コロリ。それは中高年なら誰もが願う生き方でしょう。でもそう簡単なことではありません。現実的に60歳以上の日本人がコロリと逝くとしたら、心筋梗塞か、脳出血か、脳血栓かと思いますが、救急搬送されれば救命措置が施されるでしょう。高齢になって意識を喪失したり認知症で食事がとれない状態になった場合も、点滴や胃ろうなどで長く生き続けることが可能です。
私が無理な延命に疑問を持ち始めたのは、20年ほど前にさかのぼります。当時は浜松医科大学で内科教授として医療教育の現場にいたのです。そこでは若い研修医たちが高齢で意識のない方々に一生懸命に延命治療を施していました。もちろん間違ったことではありません。医療は命を救うのが最優先です。でも、私はがん(白血病)が専門で、闘病の末、力尽きて最期を迎えられる患者さんを長年見てきただけに、違和感ある光景だったのです。若い医師が気管挿管をするときに「もうやめなさいよ」という言葉が、何度も喉元まで出かかりました。
延命治療の中止に関する法律は日本にはなく、自宅で家族や友人に見守られて平穏に幸福に亡くなる方も少数派です。では、コロリは夢物語なのでしょうか?
いいえ、実現する方法がひとつだけあります。「リビング・ウイル」です。「このような事態が起きたときはこうしてほしい」という自分の意思を書き残すのです。生前遺言状などと訳されることがありますが、私は「終末期の医療・ケアについての意思表明書」という訳が適切ではないかと思っています。
必ずしも中止だけを希望するものではありません。延命を希望する場合はそう書くこともできます。
※週刊朝日 2012年12月21日号