そこで、沙瑛さんは
「だったら、あなたが会社を辞めて専業主夫になって」
と言い返しました。10年以上も前の自分の言葉をすっかり忘れていた夫は、沙瑛さんの発言に心底びっくりして、絶句したそうです。どうにか、
「俺にどうしろっていうんだよ!」
というと、沙瑛さんは冷酷に
「あなたの給料がなくなっても、うちは困らないのだから、(私より年収の低い)あなたが辞めて」
と言い放ったそうです。事実、夫の収入だけでは買えない高級住宅街の一戸建てを購入できたのは、沙瑛さんの収入と信用があればこそでした。言い返せなくなった夫は、また「俺にどうしろっていうんだよ」と言いながら壁を思いっきり殴って骨折してしまい、救急車を呼ぶ騒ぎになり、その日の話はそこで終了になりました。
「僕の方が収入があるから、僕が働いて、君が家事育児を分担するのが合理的」云々も、「あなたの給料がなくなっても、うちは困らないのだから、あなたが辞めて」も、暴力か話し合いかといえば話し合いですし、言葉の暴力にも見えません。しかし、理性を装った脅しです。
粗暴なものであれ、こうした一見理性的なものであれ、脅しの応酬で問題が本質的に解決することはありません。少なくとも脅された側がすっきりしないからです。考え方や感じ方が違う人と、言葉を尽くして本当に解決する話し合いをする(=狭い意味の話し合いをする)には、多くの時間と忍耐が必要です。
剛さんは、具体的な解決策を求めていました。私に何度も、
「どうすればいいんですか?」
と聞きました。私が、沙瑛さんに共感して、
「ワンオペ育児きつかったですよね」
と言えば、剛さんは、
「妻の言い分を全部認めればいいんですか?」
と言い、私が、
「剛さんから脅されている感じがしますよね?」
と確認すれば
「妻の言うことを気にしなければいいってことですか?」
と、剛さんなりの推論の結果と思われる解決策を確認してきます。あまりに続くので、ちょっと聞いてみました。