多かれ少なかれ、ストレスはすべての人が感じていることであり、円形脱毛症の原因を全てストレスとしてしまうのはとても乱暴な議論です。
私は診察室でこのことを説明しましたが、千秋ちゃんのお父さんは納得されていない様子でした。
「病気には原因があるはずです。私は千秋の円形脱毛症の原因を知って、それを取り除きたい」
言葉に力を込めておっしゃっていました。
円形脱毛症の治療にはガイドラインがあります。急激に進行した範囲が広い円形脱毛症の場合、入院して点滴治療を行うことがあります。ステロイドパルス療法と呼ばれるものです。
千秋ちゃんのお父さんは、インターネットで調べてきたステロイドパルス療法が使えないか聞いてきました。
ステロイドパルス療法は発症後6カ月以内であれば、効果の期待できる治療法です( J Am Acad Dermatol, 1998; 39: 597―602.)。しかし副作用の観点から、子どもの円形脱毛症ではステロイドパルス療法を行うことはほとんどありません。
千秋ちゃんの場合、範囲が小さいことも踏まえてステロイドパルス療法の適応とはなりませんでした。
幸い、彼女の脱毛はステロイドの塗り薬で完治しました。
それから半年後、千秋ちゃんは後頭部に3カ所、大きな脱毛部分をつくって再診しました。
千秋ちゃんのお父さんはきつい口調で「なにがいけなかったんでしょうか?」と聞いてきました。「やはりステロイドパルスをしておいたほうがよかったんじゃないでしょうか」
「円形脱毛症の再発は、しばしば経験することです」
私の言葉に毅然とした態度で千秋ちゃんのお父さんはおっしゃいました。
「根本から治す治療をお願いします」
お父さんの横で、千秋ちゃんは診察室の椅子をクルクルさせながら黙って話を聞いていました。
患者本人不在の話し合いとなっていたことに気がつき、私はとっさに
「千秋ちゃん、頭の後ろの毛のない部分だけど気になる?」
と聞きました。