外来診察、手術、カンファレンスと怒涛の勢いで時間が流れ、あっという間に夜になってしまいました。夜も10時を過ぎ、医局のソファで一緒にカップラーメンをすすりながら、男性医師は翌日のカンファレンスの準備をしていました。
クタクタになった私は「はやく帰りたい」と思いながらも、仕事のできる先生のもとで実習ができたことがとても満足でした。
カタカタカタと勢いよくキーボードをたたく手が止まり、パソコン画面には手術予定の患者さんのCT画像を映し出しながら、男性医師は私に話しかけてきました。
「こんなに毎日忙しいと患者さんの顔を忘れちゃうんだよね」
「そういうもんなんですか?」
「うん、病院であいさつされても『誰だっけ?』と思うことがあるよ」
私は複雑な気持ちになりました。
「だけどさ」
先輩医師は続けます。
「脳のCT画像をみると誰だか思い出す。手術で見た脳の血管の走行は覚えている」
そう言って笑いました。
病気のことはしっかり診ているけど病人のことは見ていない。
医者になり何年も経過し、同じような言葉を何度も耳にしました。病気を診れば思い出すけど、患者さんのことは覚えていない。
コメディカルからの信頼も厚く、患者さんにも優しかった尊敬する医者の口から、まさかそんな言葉が出てくるとは思いませんでした。
正直がっかりしました。
しかし、医者になって気がつきました。学生実習のときの医者が決して特別だったというわけではないということ。多くの医者がそうなってしまう危険性があります。もちろん、私も。
なんでもかんでも他人のせいにするのは良くないですが、人間を見なくなってしまうのは現行のシステムにも問題があると思います。
一日に何十人と診察をし、そのまま休むことなく手術や当直を繰り返す労働環境では、患者さん個人と向き合う時間はおのずと限られます。
また、もうひとつ「病気だけを診て患者さんを見なくなる」原因として私が考えているのは、医者同士で行うカンファレンスだと思っています。