患者の病気を治したくて医者になったはずなのに、なぜ医者は患者を見ず、病気ばかり診てしまうのか。京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師は、以前はそんな医者の姿をとても嫌だと思っていたけれど、いまは注意しないと自分がそうなってしまうことに気がつきました。自身の体験をもとに語ります。
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「病気ばかり診て人間を見ていない」
私たち医者に対して、ときどき耳にする批判です。
どうしてそんなことになってしまうのか、医者になる前は不思議に思っていました。患者さんの病気を治したくて医者になったはずなのに、なぜ患者さん自身を見なくなってしまうのか。
医者になって16年経過した今、うっかりすると病気だけを診てしまう。とても嫌だと思っていた医者の姿に、注意しないと自分がなってしまうことに気がつきました。
「病気のみを診て人間を見ない医者」は、特殊な人間だけが陥ることではなく、すべての医者に起こりうることなんだと、最近理解しています。
はじめに違和感を感じたのは医学生の頃でした。
医学生というのは不思議な存在です。医学を勉強し、知識は少しずつついていくのですが、まだ医者ではありません。言い方は厳しいですが、専門的な知識を身につけ始めた素人です。
それでも、周りから医者と同じように扱われることがあります。患者さんからは医者の卵として声をかけてもらえます。
ポリクリと呼ばれる病院実習は、医学部の5年生から6年生にかけて行われます。さまざまな診療科を1~2週間ごとに回り、先輩医師や大学教員医師の傍らに付き添い、患者さんを一緒に診察します。
カリキュラムによっては、大学病院の中だけでなく関連病院と呼ばれる地域の病院にも実習に行きます。
私はとある病院の脳神経外科で実習をしました。数日間、病院に泊まり込み、緊急の対応も含めて勉強させてもらいました。
私を指導してくれた先生はまだ30代と若く、仕事もテキパキとこなす優しい男性医師でした。ナースステーションでの看護師さんとのなにげないやりとりを見て、コメディカル(医療専門職)から信頼されている医者だということがすぐに伝わってきました。