修行の始めのころの練習で、コーナーポストの上段から、首をつかまれてリングに投げられたときのことはよく覚えているよ。俺は、「よし、ここは見栄えをよくしてやろう」って考えて、頭から落ちてみた。そうしたら、向こうのリングの下はコンクリート敷きで固くてね。ドリーや周りのレスラーから、「ちゃんと受け身をとらないと、大ケガするぞ!」って怒られて。

「あれ?これがプロレスじゃないの」なんてポカンとしたけれど、まったく違った。「つまらないケガをするな」ということを、こんこんと説かれてね。ケガで試合を休めば、会社に迷惑をかけるし、ファンは落胆するんだぞ」って。こういう世界に身を置いているということを理解していない俺を、徐々にエンタメに寄せてくれたのは、本当にドリーのおかげだよ。環境も良かったし、技や駆け引きのほかにも、彼らからはたくさんのものを吸収できた。

 俺のことを師匠として慕ってくれるレスラーもいるけれど、やっぱり自らが経験したことは伝えやすいし、少しくらい反抗されても、「そのうち分かるときがくるよ」って、自信を持って教えられる。俺はプロレスの世界では珍しいくらい(笑)、口うるさいほうだけど、それが相手に届いているかどうかなんて、あまり気にしたことはないな。

「天龍さんにはカッコ悪いタイツ履かされた」なんて、川田利明を筆頭に愚痴っているレスラーも一杯いるけれど(笑)、それは、「プロレスラーは目立ってなんぼだろ」ということを、俺自身が体感してきたから。彼らには押し付けるくらい徹底的にやったけど、それでいい。レスラーはひねくれ者が多いし、素直に聞く奴なんてまれだから。

 今憧れている人? 元横綱の北の富士さんしかいないね。言葉にするのは難しいけれど、あの「粋」を自分のものにしたい。若い子はテレビの相撲解説者の姿しか知らないだろうけど、俺から見ても本当に紆余曲折がある人生を送ってきた人だよ。それでも、あんなにもあっけらかんとしているし、昔も今も「自分の言いたいことを言う」というスタイルが、まったく変わらない。「男だったら、ああなりたいな」って素直に思わせてくれる。

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「粋」で横綱まで上り詰めた人