「天龍さんにとっての師匠は馬場さんですよね」ってよく言われるけど、それは違う。自分で団体を立ち上げてからは対抗心も燃やしたけれど、俺にとっての馬場さんは、やっぱり全日本プロレスの入団当初に抱いていた、漠然とただ大きくて、つかみどころのない存在のまま。
俺も最初はどういうレスラーを目指すか悩んだし、「馬場さんが手本になるのかな」って考えたこともあるよ。だけど、相撲の横綱のように有無を言わせぬ圧倒的な威圧感のようなものが、馬場さんには一切ない(笑)。そんなに威張ってもいないし、「大きなおじさんレスラー」なんていうふうに捉えていたところもあったかな。
ただね、入って間もないころに、ジャンボ鶴田に言われたことは忘れない。「源ちゃん、あんたの人生をどうするか決められる、首を切る権利を持っているのは、代表取締役の馬場さんだけなんだよ」って。もう驚いてさ、「俺より1つ年下なのに、もう社会の仕組みを理解しているなんて、こいつはすごい」って、ジャンボのほうに憧れちゃったことは……否定できないな(笑)。だから、馬場さんは師匠ではなくて、経営者でありボスなんだよ。「天龍、この野郎」と思うことがあってもぐっと飲みこんで、俺をしっかりと働かせていたんだから。
まあ、そんなこともあったけど、アメリカに修行に出された先で出会ったのが、テキサス州に地盤を築いていた、ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクのザ・ファンクス。このときのドリーは、確かに師と仰ぐ存在だった。ここでドリーに初めてプロレスのイロハを叩きこまれて、「相撲とは全然違うスポーツだ」って気が付いた。それは、「闘っている自分を見せるのか、見られるのかの差」に尽きる。
相撲は決まり手がうっちゃりでもはたき込みでも、勝てば英雄だよね。でも、いいプロレスラーの第一条件は、試合開始直後から30分を過ぎても、お客さんがずっと足を踏み鳴らしているくらい会場を沸かし続けられること。勝ち負けじゃなくて、そこまでの経過が大切。相撲の仕切り直しってあるよね。「なんでこんなに待たせるんだよ」って俺も思うけど、これは一種のセレモニーでもある。プロレスの場合は、自分が怪我をしないようにしのぎを削り合って、お客さんのボルテージを上げていく。