7月7日、日本では七夕の日にオーストラリアのゴールドコーストから飛び込んできたニュースを聞いて、正直驚いた。設楽悠太、2時間7分50秒で優勝――。MGCまでおよそ2カ月。出場権を獲得している選手のなかで、いまごろフルマラソンに挑戦する選手はいない。しかし、設楽は違った。
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「レース出てないとサボっちゃうんで(笑)。ゴールドコーストも調整とかそんなんじゃなくて、しっかりとしたレースをしに行きます」
このコメントは6月下旬に行われた日本選手権のときのものだが、私はそこまでタイムは狙っていくわけではないだろうと考えていた。フルマラソンを走ればそれなりにダメージは残る。オールアウトではなく、8割、9割の調整だろうと思っていたが、やはり設楽には、常人の発想では計り知れない器の大きさを感じることがある。
ただ、東洋大学時代はそこまでの器だとは思えなかった。
もちろん、トラックでのスピードはあるし、ロードでの強さは大学レベルでは抜きんでていた。しかし、長距離走者にとって大きな要素である「表現」については物足りなかった。
なぜ、長い距離に挑む人間には表現力が必要なのか。練習、戦い方へのアプローチは千差万別。そこで「やらされる」だけでは限界が来る。自分が1万メートルやマラソンでどんなことを表現できるのか、最終的には考え方が問われる。
学生時代の設楽は、取材に行っても返ってくる言葉は数少なく、どこまで走ることに本気なのかが見えなかった。
ところが、Hondaに入ってから大きな変化があった。
■設楽のスピードの源は脚の速い回転
設楽の恩師である東洋大学の酒井俊幸監督は、教え子の変化を次のように語る。
「大学時代の悠太は、取材に来ていただいても、なかなか自分の言葉が出てこなかったですよね。それがいまは、しっかり自分の色が出てきました。走りの持ち味がどこにあって、マラソンでどういう走りをしたいのかが見えてきたと思います」