殺人を犯して自殺した51歳の男、親に殺害された44歳の男性、彼らはそれぞれ苦しんでいた。
一方、私は今、取り立てて苦しんではいない。
勿論、私にしても、自分が何のために生きているのかよく分からない時がある。しかし、誰かをうらやましいとも誰かのようになりたいとも思わない。憧れるものもなりたいものも、やりたいこともない。友人には当然、結婚して家庭を築いている者もいるが、特に自分と比べて悩んではない。孤独も感じないし、老後はなるようになるだろう、と漠然と考えている。世間を騒がせている「年金では賄えない老後の不足金2000万円問題」を思って不安になることもない。
だから、ほぼ精神的に「無痛状態」にある。まあ、それも一種の病気だと思われても仕方ないが。
だが、私は自分の匙加減で、精神状態を「無痛」に操作しているだけで、潜在的な痛苦はあるのかも知れない。
■そして急速にナショナリストになった
その「痛苦」と関連して、ひきこもりという状態によって引き起こされた「副作用」なるものがちょっと面白かったので、最後に挙げておきたいと思う。私は家にこもる様になってから、急速にナショナリストになった。本当に弱き者は、共産党には向かわない。現状への絶望に耐えかねたドイツ人たちが、「アーリア人至上主義」を掲げるアドルフ・ヒトラーを生み出したように、ホワイトトラッシュと呼ばれるアメリカの白人たちが、「白人至上主義」を掲げるドナルド・トランプを生み出したように、追い詰められた人々は強いリーダーを求める。私は安倍晋三のファンである。
こういう感情に駆られていくプロセスは、極めて単純明快である。弱い人間には、「大和魂」を惹起してくれる「日本人至上主義」は気持ちがよい。日本は常にアジア一の先進国であり、自分はその国民だ、だから大国たる我が国に噛みつく者は容赦なく力でねじ伏せて行くべきであり、従って日本政府が自分の代わりに代理戦争をして他国をねじ伏せてくれることは本当に素晴らしいことだと感じられる。そしてその「代理戦争」は普段はばらばらな国民の気持ちを、地位も名誉も年収も学歴も超えて、一つに統一してくれる作用を持っている。その時だけは、弱き者も「平等」を感じ取ることができる。こうした心理は、今メディアを騒がせている韓国への輸出管理強化が、強く国民に支持されているという現象にも象徴的に現れているように思われる。
このような状況を背景にして世間を見れば、この慢性的に逼迫した今の時代において、安倍首相が異例の長期政権を維持できているのも、歴史の必然と言えよう。
●萱野葵(かやの・あおい)/1969年、東京生まれ。上智大学文学部卒。97年、新潮新人賞受賞。著書『ダンボールハウスガール』が米倉涼子主演で映画化された。他に『ダイナマイト・ビンボー』『非行少女を処刑しろ!!』「砂糖菓子の夏』『やる女』などの著書がある。