南米チリでは、1950~1960年代に水のヒ素汚染があった地域を対象に、ヒ素にさらされた年齢と病気の関係を調べた研究もあります(※2)。この地域では、当時水のヒ素濃度は1リットルあたり約860μgにも及んでいて、特に出生前や幼い時期から多量のヒ素にさらされると、特定の病気やがんの死亡率が上昇することがわかりました。例えば、気管支拡張症による死亡率は、生まれる前からの暴露で11.7倍、1~10歳からの暴露で5.4倍となっていました。また、膀胱がんによる死亡率は、生まれる前からの暴露で16倍、1~10歳からの暴露で7.4倍でした。

 もちろん、現在普通に生活していて、このような多量のヒ素を摂取することはありません。玄米を一合食べたとしても、摂取する無機ヒ素の量は32μg程度です。

 では、どのくらいの量なら安全なのでしょうか。無機ヒ素の摂取基準として、WHOは体重1キログラムあたり1日に3μgまでという値を設定しています。これは複数の研究をもとに、無機ヒ素を摂取しない場合よりも、肺がんの発生率の増加が0.5%以下となるように決められた値です。一方欧州では、体重1キログラムあたり1日に0.3~8μgと、幅のある基準を設定しています。これは、肺がんや皮膚がん、膀胱がんなどいくつかの病気について発生率増加が1%以下となるように決められたものです。

 欧米では米は主食でないという背景もあり、米を食べる頻度についての基準もあります。例えばスウェーデンでは、大人でも米を毎日は食べないように、子どもは週4日以内にするように、という基準が設けられています。イギリスでも、4~5歳までは米から作った飲料であるライスミルクは飲まないほうがよいとされています。EUでは、玄米の無機ヒ素は1キログラムあたり0.2ミリグラムを超えてはならないという基準があります。アメリカ食品医薬品局も、赤ちゃんに食べさせるライスシリアルについては、ヒ素濃度の上限を1キログラムあたり0.1ミリグラムと定めています。

 日本では、これまで長く米を食べてきて、特に大きな影響はなかったという歴史があり、はっきりとした基準は設けられていません。しかし、特に幼い子どもが食べる場合は、量に注意が必要だと思います。米の場合、ヒ素はぬか部分に多く含まれているので、精米してよく研ぐことで、ヒ素も減らすことができます。玄米だけに偏らないよう、白米やパンもバランスよく食べさせるのがよいでしょう。

 また、もう一つヒ素が多く含まれている食材には、海藻類、とくにひじきがあります。農林水産省のデータでは、ひじき乾物1キログラムあたり平均67ミリグラムの無機ヒ素が含まれているようです。イギリスでは、2010年、発がんリスクを懸念して、ひじきを食べないようにという勧告が出されています。

 ただし、ひじきは米のように量をたくさん食べるものではありません。水で戻して水洗いすると5割、5分間ゆで戻して水洗いすると8割の無機ヒ素を減らすことができます。余裕があれば、乳幼児に食べさせる場合、ゆでて戻し、よく水洗いするとよいでしょう。

 こうして調べていくと、結局どんな食材も一長一短で、結局はバランスよく食べるというのが一番よい答えのようです。イメージだけではなく、何をどう食べるのがよいか考えるきっかけにしていただけたらと思います。

(※1)Tsuda T, Babazono A, Yamamoto E, Kurumatani N, Mino Y, Ogawa T, et al. Ingested arsenic and internal cancer: a historical cohort study followed for 33 years. Am J Epidemiol. 1995;141(3):198-209.

(※2)Roh T, Steinmaus C, Marshall G, Ferreccio C, Liaw J, Smith AH. Age at Exposure to Arsenic in Water and Mortality 30–40 Years After Exposure Cessation. American Journal of Epidemiology. 2018;187(11):2297-305.

○森田麻里子(もりた・まりこ)/1987年生まれ。東京都出身。医師。2012年東京大学医学部医学科卒業。12年亀田総合病院にて初期研修を経て14年仙台厚生病院麻酔科。16年南相馬市立総合病院麻酔科に勤務。17年3月に第一子を出産。小児睡眠コンサルタント。Child Health Laboratory代表

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