イチローが30歳だったころの発言を集めた『イチローに糸井重里が聞く』(朝日文庫)が復刊されて注目を集めている。2019年3月21日、28年間の現役生活にピリオドを打ったイチロー。本書からは、引退会見で語った言葉の真意もうかがい知ることができる。
現役生活28年、日米通算で4367安打。45歳になったイチローは、引退会見で記者の質問にひとつひとつ、丁寧に、そして真摯に答えた。
記者の「いま思い返して、印象に残っているシーンは」という問いかけには、こう返した。
「今日を除いてですよね。(中略)去年の5月以降、ゲームに出られない状況になって。その後にチームと一緒に練習を続けてきたわけですけど、それを最後まで成し遂げられなければ、今日のこの日はなかったと思うんですよね。今まで残してきた記録はいずれ誰か抜いていくとは思うんですけど、去年の5月からシーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれない。ささやかな誇りを生んだ日々であったと思うんですよね」
『イチローに糸井重里が聞く』は、数少ない「イチロー公認」の一冊だ。2004年に、BSデジタル放送民放5局(BS日テレ、BS朝日、BS−i、BSジャパン、BSフジ)の共同特別番組「キャッチボール・ICHIRO MEETS YOU」をもとに再構成されている。ヒット1本のためにすべてを捧げてきたイチローが、記録の先に見ようとした光景は何なのか。本書には、それを考える手がかりがある。
結果が出ていないことを、イチローはスランプとは言わない。本書では「感覚をつかんでいないこと」と定義している。
「バッターにとっては、ピッチャーがボールを放した時点か、もしくは放して近づいてくるところで、打てるかどうかが決まるわけです。バットがボールに当たる瞬間で打てるかどうかが決まるわけじゃないんです。ピッチャーが投げている途中で、もう打っている。その感覚が、なかったんですよね、当時のぼくには」(「一回裏 自分を客観的に見ること」から)