出資を決めるのが、池部家を仕切っている幾江。スヤの姑になる人で、これを演じているのが大竹だ。出てきただけで、太っ腹な女性だとわかった。そして花嫁衣装のスヤが船に揺られ、嫁いでいくシーンに。四三が歌う下手な歌が重なる。「会いたかばってん会われんたい。たったひと目でよかばってん」。この「自転車節」は女学生だったスヤが、四三と歌った歌。切なさと共に嫁ぐスヤ。
と、ここまでが第8回。スヤはこれからどうなるのか、いつ四三と結ばれるのか。そして迎えた第9回。シベリア鉄道の中で監督の大森が咳き込む様子が、繰り返し描かれた。見ている側は肺の病気だろうなと察するし、それを裏付ける場面もあった。
私が感心したのが、舞台回しとしての「咳」の使い方だった。
寝台車で咳き込む大森の背中が映る。夜だ。次に同じ暗さで、誰かが寝ているシーンになる。スヤだ。隣の布団から、スヤの夫の咳き込む音が聞こえる。
ああ、そうか。スヤの夫も肺を病んでいるのか。すぐに朝になる。スヤが縁側で伸びをしている。その向こう、母屋らしきところの廊下に、姑の幾江が正座している。
ここから大竹と綾瀬だけの場面になる。「ばっ、おかあさん」。そう言って綾瀬が驚く。「おはようございます。ニワトリが泣かんけん、寝過ごしました」と言う。大竹は一言も発さず、手招きをする。手の平を上に、力強く、すばやく、2回。
「スヤさん、あんたはよう笑う愉快な人だけん、のびのびやってもらってかまわんばってん、この家にもいくつか守ってもらわんといかん仕来たりのあるとばい」
大竹のこの台詞まわしが、とにかくすごかった。幾江という人間が、一瞬にしてわかったのだ。眼力があり、心が広く、威厳を持って家を運営している。そういうことがたったこれだけで、理解できた。
大竹が演技のうまい女優であることは、誰もが知るところだ。上手すぎて、ちょっと圧を感じるなー、と思ったこともあった。だが、「いだてん」の大竹から感じたのは、確かな存在感だった。