ただ、それがこの分野における「暗黙の了解」のようなものであるのは間違いない。あえて言うまでもないほど当然のことだが、芸人側が自ら語るようなことでもない。だからテレビの中でそのことをはっきり言う人はこれまでいなかった。この分野の第一人者であるたけしだからこそ、あっけらかんと種明かしをすることができたし、それが許されているのだろう。

 仮に、もっと立場の低い芸人がテレビの生放送で同じ発言をしていたら、はるかに深刻な問題になっていたはずだ。実際、以前にこれと似たような出来事があった。それは、2007年8月18日放送の『24時間テレビ』(日本テレビ系)の企画で、当時大ブレーク中だった小島よしおが熱湯風呂に入ったときのことだ。

 バラエティの流れとしては、もちろん本気で熱がらなくてはいけない。だが、小島はそのお約束を平然と破ってしまった。熱いはずのお湯につかりながら、熱がるそぶりも見せずに「そんなの関係ねえ」という持ちギャグを連呼しながら踊り続けてみせたのだ。熱湯風呂の企画史上でも前代未聞の事態が起こったため、生放送の現場は騒然となった。小島の先輩であるカンニング竹山は「そんなの関係ねえ」というギャグを放った小島に対して、のちに「関係あるときもあるんだよ」とアドバイスを送ったという。

 ただ、バラエティの熱湯風呂が本当に熱くないのかどうかは分からない。火傷を負う人が続出するほどの熱さではないのは明白だが、長時間入っていられないほどの熱さはあるのかもしれない。いずれにせよ、視聴者がそれを確かめる術はない。

 実のところ、熱湯風呂が実際に熱いかどうかは、そのときのリアクション芸が面白いかどうかとは関係がない。本当に熱がっているのだとしても、熱いふりをしているのだとしても、芸人が全力を尽くして滑稽なリアクションをして、それが笑いを生み出すということには何の変わりもない。

 出川哲朗やダチョウ倶楽部といったこの分野の第一人者がしばしば語っている通り、リアクション芸には技術が必要であり、これはこれで立派な1つの専門分野なのである。たとえ熱湯風呂がそれほど熱くないとしても、そこに入って笑いを生み出せる彼らがプロ中のプロであることに疑いの余地はない。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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