若い女子だった当時の気持ちを少し分析すると、「おじちゃま」に「媚び」を感じていたのかもしれない。「最初から話すと長くなるわよ」という泉の台詞に、寅さんが「いいよ、いいよ、長いの好き。おじちゃま、ヒマだから」と返し、そんなやりとりには笑わせられながら、透けて見える「美女に弱い男」という構図がイヤだった。そんな気もする。
1996年に渥美さんは亡くなり、22年経って「男はつらいよ」復活会見が開かれた。後藤さんは、変わらず美しかった。憂いではなく、強さをたたえていた。
「ジュネーブの自宅に山田監督からお手紙が届きまして」と言い、ニッコリ微笑んだ。そして隣に座る監督の方を向き、一瞬手を伸ばし、すぐに戻した。
二人の前にはテーブルがあり、後藤さんの手がどう動いたかは映らなかった。だけど、「ねっ、お手紙、下さったでしょ」。そんな感じの手だった。きっと監督の手に一瞬触れたと思う。
それを見て、思った。「おじちゃま」は、寅さんを癒やす言葉だったんだなあ、と。
体調が悪化してからも、寅さんを演じ続けた渥美さん。死の影がひたひたと近づいていたのは、渥美さんであり、寅さんでもあった。そんな男に、美少女が走って近づいてくる。「おじちゃまー」と叫んで、胸に飛び込んでくる。いつもの憂いは消え、明るさだけを連れている。それは、癒やしに違いない。
「おじちゃま」と呼ぶ泉ちゃんに寅さんが癒やされたように、二つ返事で駆けつけた後藤さんに、山田監督が癒やされている。
一瞬の手でそう思い、「おじちゃま、許す」。そう思ったのは、私が年をとったせいだろうか。(矢部万紀子)