死角となる席がないよう、公演を重ねるごとにリンク全体を意識的に使うようになり、360度の観客にアピール。プロ意識の高さを感じさせた(撮影/写真映像部・東川哲也)
死角となる席がないよう、公演を重ねるごとにリンク全体を意識的に使うようになり、360度の観客にアピール。プロ意識の高さを感じさせた(撮影/写真映像部・東川哲也)

 中盤、片足で滑りながら体を大きく後ろに反らせるポーズでは、思わず観客から「ワアーッ」と声が漏れる。後半、ラップが激しくなればなるほど羽生の体の躍動も激しくなり、その濃密さで、見ている側も息をするのを忘れてしまうほどだ。最後は180度開脚で氷上に伏してフィニッシュ。一度見ただけでは、演技が消化しきれないほどの濃密な内容。大歓声で幕張メッセが揺れた。

ソロでは、音楽に溶け込むような3回転ループも披露(撮影/写真映像部・東川哲也)
ソロでは、音楽に溶け込むような3回転ループも披露(撮影/写真映像部・東川哲也)

■規格外のジャンプ

 演技後、フィナーレの音楽が鳴るまでの待ち時間は、会場の至るところからざわめきが漏れる。それだけ予想を超えた、ということだろう。

 フィナーレはヒット曲「U.S.A.」で、「カモンベイビーアメリカ」の歌詞に合わせて元気にダンスを披露。早着替えをした羽生も、上半身に透け感のある衣装で登場し、浮遊感のあるフライングキャメルで締めた。

 さらにグランドフィナーレでは恒例のジャンプ大会。羽生はまず、山本草太の背中を押して「やってこい」とジェスチャー。若手たちが次々とジャンプに挑んだあとは、羽生自らが登場した。初日公演では、4回転トウループが3回転になると、すぐさま軌道を変えて4回転トウループを成功。千秋楽では、「4回転トウループ+トリプルアクセル+オイラー+3回転サルコウ+オイラー+3回転ループ」という6連続ジャンプに挑んでみせた。当然、試合では入れることのない規格外のジャンプだ。

■プロ転向したからこそ

 また選手が観客席に手をふるグランドフィナーレでは、初日は、1周後に他のスケーターたちが引き揚げても、羽生は一人で2周目へ。1周だけでは、2階席、3階席の観客にまでは目が行き届かないという思いもあったのだろう。また初日は、公演中に地震がありフェルナンデスの演技が中断する場面もあったが、羽生は最後にマイクを握り、「地震、怖かったと思います。まだまだ揺れることがあると思いますが、最後まで気をつけて帰ってください」と観客を気遣った。さらに3日目は、このツアーでプロ引退を決めているジョニー・ウィアー(米国)をリンクの中央に引っ張っていき、観客に挨拶する時間を演出。そんな心配りも羽生らしかった。

 プロに転向したからこそできる演出がこれでもかと詰まったアイスショー。プロとして仕事をしていく気概がひしひしと伝わってくるひとときだった。同公演は全国4会場を6月までツアーする。(ライター・野口美恵)

AERA 2023年6月12日号