本局は、渡辺が本来の実力を発揮したというべきだろう。藤井は観戦者にもわかりやすいところまで進め、飛車打ちの王手を見て投了した。

「中終盤で読みが足りなかったかなと感じたので、そこを次局以降修正できればと思います」(藤井)

 渡辺は2日制のタイトル戦で、藤井から初の勝利をあげた。両者の対戦成績はこれで渡辺4勝、藤井18勝。依然藤井が大きくリードしているが、渡辺がここから巻き返しても不思議ではない。

■ハードな日程との戦い

 将棋の歳時記では、名人戦は桜咲く春に始まり、青葉繁れる初夏に大詰めを迎える。名人戦第4局は5月21、22日に福岡県飯塚市でおこなわれる。

 藤井の八冠制覇への道のりを確認しておこう。

 菅井竜也八段(31)の挑戦を受けている叡王戦五番勝負。藤井は第3局で苦戦に陥りながらも逆転勝ちを収めて2勝目をあげ、防衛まであと1勝と迫った。

 これから開幕する棋聖戦五番勝負では佐々木大地七段(27)の挑戦を受ける。過去の対戦成績は2勝2敗の五分で、藤井にとってももちろん、楽な相手ではない。第1局の開催地はベトナムで、藤井はハードスケジュールとの戦いも続いていく。

 また王位戦七番勝負でも藤井は佐々木の挑戦を受ける。羽生善治九段は挑戦者決定戦で敗れ、羽生―藤井の2度目のタイトル戦はこの先に持ち越された。

 王座挑戦権を争うトーナメントでは、藤井は現在ベスト8。このまますべて勝ち進めば、秋の王座戦五番勝負が、史上初の八冠チャレンジの場となる。

(ライター・松本博文)

※AERA 2023年5月29日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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