NHK出版で「学びのきほん」シリーズのゲラを託され、担当編集者の白川貴浩と打ち合わせをする。本の内容、今後の段取りなどを聞く。ゲラが傷まないよう、専用のプラスチックケースに入れて持ち帰った(撮影/加藤夏子)
NHK出版で「学びのきほん」シリーズのゲラを託され、担当編集者の白川貴浩と打ち合わせをする。本の内容、今後の段取りなどを聞く。ゲラが傷まないよう、専用のプラスチックケースに入れて持ち帰った(撮影/加藤夏子)

■販売員の面接のために首都圏の全店舗を見て回る

 人文系の書籍を年間約30冊校正する一方、昨年夏に初の単著『文にあたる』を刊行し、6刷と好評だ。校正の仕事について体験を交えて書いているのだが、校正者の切ない宿命も吐露する。例えば、校正者の合格ラインは100点満点の100点以上なのに、現実には常に100点をとるのは難しいこと、初心者でもベテランでも見落とす時には見落とすこと。曰(いわ)く、<失敗は許されないが常に失敗しているという矛盾した仕事が校正である>。とはいえ、書き手も編集者も見逃したミスを最終段階で拾うのが校正者だ。活字の信頼を支え続けてきたといえる。

 牟田はSNSなどで「モグラ」というハンドルネームを使っていた。部屋の中で黙々とゲラと向き合う姿を重ねたが、いまはツイッターで1万8千人のフォロワーを抱え、テレビ、新聞、雑誌、ウェブメディアに登場、トークイベントにも登壇し、校正者として発信を続けている。

『文にあたる』の校正は、牟田ではない校正者が担当した。聞けば、「自分が書いた文を校正するのは難しい」という。他人の目を通してこそ校正なのだが、そもそも自分の原稿を客観視するのは簡単ではない。客観視が難しいのは文章に限らない。例えば自分に合った職業選択。牟田は校正者を始める前に複数の職業を経験している。

 最初は図書館員だ。「大学4年になっても就きたい仕事がなかった」牟田が、司書資格取得のために実習した図書館で心を動かされた。

「多くの人が本を読む姿がいいなって。私は子どもの頃、学校の図書室に閉室時間までいたり、家で世界文学全集を読んだりしていました。父がテレビはニュース以外見せないという人で、ファミコンは1日30分限定でした。ドラゴンクエストの長いダンジョンなんかクリアできない(笑)。やることといえば本を読むことぐらいだったので」

 大学を卒業後、公立図書館の嘱託職員として5年間働き、窓口業務や選書など一通りの仕事を経験する。ただ、嘱託の立場では新しいことをしようにも限界があり、この先も同じ仕事をやり続ける自分を想像することができなかった。

 次に就職したのは、石鹸(せっけん)、シャンプー、基礎化粧品、タオルなどを販売する会社。図書館員から販売員への転職はやや唐突な印象を受ける。

次のページ