工房で。天然染料としては植物のほか昆虫なども使われる。どれも澄んで美しく、目に優しい色合いになる(撮影/楠本涼)
工房で。天然染料としては植物のほか昆虫なども使われる。どれも澄んで美しく、目に優しい色合いになる(撮影/楠本涼)

 染司よしおか六代目で染織家の吉岡更紗。糸や布を天然染料で染める「染司よしおか」は、200年前に京都で創業した。更紗はその六代目となる。父の幸雄は染織史研究家・編集者として高く評価されていた。その父が2019年に急死。家業を懸命に守ってきた。父にはなかった職人としての腕を武器に、京都に根差し、伝統を守り、新しい道を開いていこうとしている。

【写真】材料を煮出して染色液を作り、糸を染める作業もすべて自ら行う

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 京都市伏見区にある「染司(そめのつかさ)よしおか」へ向かう道には、酒蔵や清泉の湧く御香宮(ごこうのみや)神社などが並んでいた。古くから伏見は名水で知られる土地である。絹・麻・木綿などの天然繊維を茜(あかね)・紫根(しこん)・紅花・刈安・藍・どんぐりなどの天然染料で染める「よしおか」もまた、染色に必要な水を求めて伏見に工房を構えた。創業から200年を数え、現在の当主は六代目の吉岡更紗(よしおかさらさ)(45)である。

 住宅街の中に目指す工房はあった。広い木造の建物のまわりは木々に囲まれ、案内された部屋のテラスには乾燥した植物の根や木の実などがたくさん置かれている。糸や布を染める何人かのスタッフたちが工房の中を行き来していた。

「庭の木からもいろんな染料が取れるんですよ」

 と更紗が言う。部屋には小さな仏壇があり、そばには懐かしい人の写真が飾られていた。故・吉岡幸雄(さちお)。「よしおか」の五代目当主で更紗の父である。

 私は2000年5月22日号の本誌「現代の肖像」で、染織史研究家として注目を集めていた幸雄を取り上げている。当時の私は、『染織の美』(全30巻)のような美術書から、日本の伝統色466色を収録した『日本の色辞典』のような一般書までを世に出す出版社「紫紅社」の創業者兼編集者で、かつ「染色工房の親方」でもある幸雄に強い興味を持っていた。

 今と佇(たたず)まいが変わらぬ工房では、色とりどりに染まった布が干されている様に目を見張った。どの色も柔らかく溶け合っている。幸雄は「それが天然染料の特徴や」と熱っぽく植物染めの歴史と美しさを語り、祇園町の料亭やお茶屋、果ては大松明(おおたいまつ)で有名な東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)にも連れていってくれた。2週間にわたる修二会では、本尊に奉る椿(つばき)の造花は練行衆(れんぎょうしゅう)が作る。幸雄はそのために使う和紙を紅花や梔子(くちなし)で染め、奉納するという仕事を続けてきた。紅花の染料を濃く煮出して漉(こ)し、ゼリー状にした「艶紅(つやべに)」を刷毛(はけ)で和紙に塗っていく。塗り重ねるほどに現れる深い紅色は見惚(ほ)れるほど美しかった。

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