病気の発症を予防し、最適な治療も模索できるゲノム医療が進展を見せている。一方、遺伝子情報による差別や偏見、社会的不利益が生じるリスクが懸念されている。海外では法整備が進んでいるが、日本では整備されていない。この現状をどう見るのか。AERA 2022年7月11日号で、武藤香織・東京大学大学院教授が語る。

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 米国では2008年に医療保険と雇用を対象とした遺伝情報差別禁止法(GINA)が成立。03年に韓国で成立した法では保険と雇用に加え教育も対象に。カナダでは、17年に対象領域を問わずに差別的取り扱いを禁じる法整備をしました。一方、英国は保険業界と政府が協定を結ぶ。豪州では、保険会社の自主規制を尊重しています。

 私は日本では結婚や出産にまつわる差別も念頭に置きつつ、対象領域を問わずに差別的取り扱いを禁じると理念を掲げ明文化することが大事だと考えます。結婚や出産は個人の選択ではありますが、日本は今でも「皆婚規範」が比較的強い社会だからです。私たちの調査では、結婚や出産は遺伝情報に伴う不利益が生じる場面として、保険や雇用と同程度に懸念されています。

 包括的な差別禁止法がないことについて、日本は国際人権機関から何度か指摘を受けてきました。包括的な差別禁止法が制定されている多くの国では、出自、ジェンダーや性的指向・性自認などと並んで、遺伝的特徴に基づく差別の禁止も追記されています。遺伝的特徴に基づく差別はとても広い概念で、うわさ話や推測も含むもの。「あの親子は」「あそこの家筋は」といった話題を発端にした差別も含まれています。

 しかし、超党派の議連で提案した18年の大綱案には、「塩基配列情報に基づいて、不当な差別をしてはいけない」という文言が入っていました。塩基配列情報の定義は明確ではありませんが、DNAを解析した後のデータを意味しているようです。がん細胞のように次世代に引き継がれないデータも含まれるように読めます。どのような事柄に基づく差別を法で禁じるべきかについては、より精緻な議論が必要です。

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