明らかな誤り以外は執筆者らに確認を促す形だが、指摘の鋭さにはいつも驚かされる。私が過去に指摘された例を挙げると、

「この季節・この場所なら日の出はもう少し遅い」

「(20年以上前の野球の試合の記述で)リリーフ投手がマウンドに上がったイニングが違うのでは」

「(アニメに登場する用語について)この言葉は第5話ではなく第6話に出てくるのでは」

 などがある。平凡社出版部長の今村一人さんはこう話す。

「校閲者は深い日本語の知識はもちろん、これまでの多様な経験を生かして疑問を出してくれます。出版物のクオリティーを高めるために欠かせない存在です」

 冒頭に紹介したキリル文字は、仮にそのまま出版されても気づく読者はいなかっただろう。それでも、大西さんは言う。

「いまは書籍の電子化やウェブでの一部転載などが一般的になっています。別の体裁で見たとき、もしかしたら表示がおかしくなるかもしれない。また、電子書籍を読むときに検索機能を使う人もいるでしょう。そのとき正しくヒットしなければ書籍の、ひいては出版社全体の評価を落としかねません。最高の状態で読者にお届けするためのお手伝いだと思っています」

 校閲者は出版を支える職人集団なのだ。出版物制作の「ゴールキーパー」と言われることもある。

大西美紀さんが確認したゲラ。キリル文字の指摘以外にアニメの話数、20年以上前のパソコンのスペックなど様々な疑問が書かれている。集中しても読めるのは1日50~60ページだという(photo 張溢文)
大西美紀さんが確認したゲラ。キリル文字の指摘以外にアニメの話数、20年以上前のパソコンのスペックなど様々な疑問が書かれている。集中しても読めるのは1日50~60ページだという(photo 張溢文)

校閲した作品が芥川賞

 しかし、校閲は出版社にとっては直接的な売り上げにならない間接部門とも言える。出版不況もあって、校閲にコストをかけにくくなっているのが現状だ。ある出版社の編集者は吐露する。

「5年ほど前に、プロの校閲者への発注を原則やめました。編集部員の回し読みで対応していますが、重版の際に修正する誤字の数や読者から指摘される誤りは確実に増えたと思います」

 そんななかで、新潮社の校閲部は出版業界有数の規模を誇る。350人ほどの社員のうち、約50人が校閲部に所属している。ほかに、フリーランスの校閲者にも仕事を発注するという。

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