AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
『私の盲端』は、朝比奈秋さんの著書。医師でもある著者の2編の小説を収録したデビュー作。「私の盲端」はがんの治療のために人工肛門(こうもん)を造設した大学生の涼子の身体感覚と意識の変化、同じ境遇の男性との穴をめぐる交流を描く。「塩の道」では青森の海辺の村に赴任した医師の不思議な体験が語られる。朝比奈さんに、同書にかける思いを聞いた。
* * *
大学の友人やアルバイト先の飲食店には隠しているが、涼子のヘソの横には人工肛門の穴がある。腹に貼り付けたパウチに便がたまるとバリアフリートイレを探す。そこで同じ境遇の男性に出会い、穴をめぐる奇妙な交流が始まる。「私の盲端」は涼子の内臓と気持ちの変化をつぶさに描いた小説だ。
「心臓があるから人はドキドキできて恋愛を体感できるし、副腎がアドレナリンを出すから興奮することができます。人間は感情や欲望を感じたとき、たいていは内臓を介して自己表現しています」
と医師でもある朝比奈秋さん(40)は語る。本書は、普段は意識していない内臓の存在感に圧倒される物語でもある。
もう一編、第7回林芙美子文学賞受賞作の「塩の道」は青森県の海沿いの村に赴任した医師の体験を情趣豊かに描く。朝比奈さんは20代の終わりに西津軽郡の診療所に1カ月勤務したことがある。近くに大きな病院はなく、家族を自宅で看取る家庭が多かった。
「死を病院に外注しないで、自分の人生を自分の中で完結させる凄みを感じました。衰弱して亡くなっていく姿を受け止め、見届ける家族もすごい。どの家にも温かみがありました。廊下の真ん中がすり減っていて、みんなここを踏みしめて生きてきたんだなと」
どちらの小説も医師ならではの視点が光るが、朝比奈さんは小説家志望だったわけではない。頭の中に物語の映像が浮かんでくるようになり、書き始めたという。
思い浮かぶようになったのは5年ほど前のこと。病院に勤務し、人工肛門の手術にも参加していた。