AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
【写真】アルベール・カミュの生涯と作品、その思想に迫る『カミュ伝』はこちら
『異邦人』『ペスト』という世界文学史に残る傑作を発表し、ノーベル文学賞を受賞しながら、わずか3年後に自動車事故で急逝したアルベール・カミュ。新たに刊行された『カミュ伝』では、アルジェリアでの貧しい幼少期から結核との闘い、演劇への情熱、ナチス統治下のパリでのレジスタンス活動、盟友サルトルとの対立と幾多の女性とのロマンス──不条理な運命に反抗し、46年の人生を駆け抜けた作家の生涯と作品、その思想に迫る。著者の中条省平さんに、同著にかける思いを聞いた。
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新型コロナ感染拡大で揺れる世界でベストセラーになったのが、ノーベル賞作家、アルベール・カミュの『ペスト』だ。70年以上前に発表された小説は、驚くほどのリアリティーで、国内でも新潮文庫版が35万部売れたという。『カミュ伝』の著者、中条省平さん(67)は、くしくも『ペスト』の新訳を手掛けている時期とコロナ禍が重なった(新訳は9月に光文社古典新訳文庫から刊行)。
「訳しながら、『ペスト』は世界文学史においても稀な古典だという思いを強くしました。一方で、カミュはなぜ感染症の蔓延と闘う人間群像の物語を書かねばならなかったのか、カミュの人生はどのようなものだったのだろうか──と、考えるようになったんです」
その言葉どおり、本書は作家の人生と作品の関わりを最新の研究成果とともに、新しい切り口で問い直した一冊になっている。
1913年、フランスの植民地だったアルジェリアに生まれたカミュは、父親を第1次世界大戦で亡くし、ひどい貧困の中で成長した。カミュの才能を惜しむ教師の勧めで、奨学金を得てリセに進学するが、結核をわずらい中退。カミュの人生は貧困や病気、戦争といった出来事で、たびたび中断されてしまう。
「カミュの思想の核心にある不条理という概念は自身の体験が大きな影響を与えていますが、コロナ禍で私たちが置かれた状況にもあてはまるものではないでしょうか。ただ、カミュの考えていた不条理と日本人の受け止め方には、大きな違いもあります」